この手に明日を掴むまで-02(95)
「越えたか……?」
「……みたい」
両肩で激しく息を付きながら、互いの顔をどちらともなく、見合わせる。
一際険しい山脈の頂上。
描いた屋敷はそこに存在せず、変わりに想像さえしなかった、荒れた広い大地が、二人の眼の前に延々と展開されていた。
ハーハーと耳障りな荒い呼吸を繰り返しながら、酸素の薄さを更に強く感じ取る。
不毛の荒野の果てに、揺らぐ蜃気楼が見せた、遙の屋敷らしき白く大きな建造物。
「……遠いね」
「ああ」
けど、引き返す術は、自らが放棄した。
例えどんなに遠くても、前に進むしか、未来を勝ち取る方法は、無い。
「じゃあ、行きますか」
陽気に告げる恭の言葉に、呼吸をどうにか整えて。 覚悟を決めて上げた顔は、目の前に存在する、恭の笑顔が受け止めた。
『こいつ……』
当たり前のように、いつからか隣に存在する少年。 時に萎えそうな精神を、何度この笑顔に支えられた事だろうか。
『多分こいつが居なければ、俺はとっくに闇に身を沈めていただろう』
村を出てから数年後。
気が狂いそうな孤独の中で、遙の手懸りを探し求めていた皓は、同じ様に旅を続けていた恭と、ある町で出逢った。
「お前が、あの皓?」
腕試しだと不意に挑まれ、一戦交えたその先で、互いの孤独が手に取るように伝わった。
自分に引けを取らぬその実力に。抱えた孤独の強さに。 想いは直ぐに共鳴した――
『思い返せば、俺は恭の事を何一つ知らねぇ』
恭の生い立ち一つ尋ねようとしない皓に、恭は自分から、何も話さないからだ。
たった一度の勝負を境に、強引に後をついてきた恭に、良く考えて見れば、遙の屋敷を探している事すら、皓は一度も告げた事が無かった。
特に隠していたつもりは無かったが、恭は一体何を思い、今日まで行動を共にしてきたのだろう?
「恭。本当に、いいのか?」
この先、水も食糧も、どこまで持つか解らない。 生きて辿り着ける保障は何もない。
……けれど返って来る答えも、表情も、全て承知の上で問い質す自分は、何と卑怯な男なのだろうか。
「うん。俺は大丈夫」
予想に違わず、笑顔で告げられた答えに、どこか安堵を覚える自分がいる事を認識しつつ、皓は終わりの見えない荒野へ向かい、最初の歩を刻んだ。
「ならば行こう。遙の下へ」
互いの拳を打ち合わせ、固い決意と共に、二人は遙の下へと先急ぐ。
日差しは眩しいが、暑くも無い。 見上げた空は、絶望と同じ数の希望で一杯だ。
諦めない限り、俺達には掴み取れる明日がある。 だから。
『俺達は、負けない』