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それぞれの、思惑-01(92)

「さて遙。この人間達はどうする?」

 力なく立ち去る小さな背を見送りながら、遙は自身にかけられた黎の言葉に、思案する。

 足元には、倒れた二人の人間。 良く見れば、どちらもまだ幼い顔をしている。

 全てを見通す『力』を持つ遙には、一連の出来事が、手に取るように詳細に(うかが)えた。


 息も絶え絶えに、それでも諦める事なく皓を目指し、森を駆け続けていた青年の姿。

 突如現れた黒禽に、一撃で軽く吹き飛ばされた子供の身体。

 刹那、掻き分けた木々の先、(ようや)く見つけた皓へと伸ばされた青年の掌。

「……我が身を犠牲にして迄、他人を助けるとは、我には理解し難いが」

 眼の前で吹き飛んだ子供を、とっさに受け止めた青年の身体は、全身に隈なく損傷を負い、右脚に到っては、

在らぬ方向を向いていた。

 意識を失くした青年を前に、冷たく告げる黎の言葉は、僅かに遙の眼を(すが)めさせて。

「彼が起こした行動は、人としてとても大切な事だと、私は感じたが?」

 事実、青年が起こした行動のお蔭だろう。

 幼い子供は脇腹に深い傷痕を負ったものの、奇跡的にその(とうと)い命を明日へと繋いでいた。

「それでも、我が身に代えられぬ物はない」

「私達には、な」

 黎の言葉を引き取って、遙は続ける。

「人間は無意識に、自分より幼い命を救おうと動く。しかも私達のように冷静に判断を下す間もなく、恐らく本能でだ」

 理性よりも感情が、感情よりも本能が、幼い者を守ろうと、彼等を無意識に突き動かす。

「我から見ると、何と愚かで、馬鹿な生き物か」

「だが私から見れば、何と美しい生き物だろう」

 私達が持たない情熱を、進化への無限の可能性を、彼らは常にその身に抱えている。

 來も、黎も。何故それに気がつかないのだろう――?


「遙……」

「うん?」

「人間に過剰な期待をするな。感情を寄せすぎると、お前の身体が保てない」

 幼き者を庇う一方、自分の命を守る為なら、同種族であっても躊躇なく相手の命を奪う人間共。

 我等では有り得ないその野蛮な精神構造は、いつか遙を大きく傷付ける。

「ふふっ黎。心配してくれるのは有り難いが、私はそこまで弱くはない」

「言葉通りならば良いが」

「……黎?」

 冷たく突き放すような黎の言い方に、少しだけ遙は戸惑う。

 心底不思議そうに小首を傾げた遙に、黎は若干の怒りを込めて言い放った。


「遙、お前は余りに自覚がなさすぎる」

「!」

「……最後に食事をしたのは一体いつだ?」

 告げた言葉に、微かに遙の視線が逸らされる。

 反射的にに噛み締めた唇が、何よりも雄弁に真実を語っていて。

「隠そうとしても無駄だ。逢う度に遙が弱っている事なぞ、我の眼には明白だから」

 儚い人間の命を守る為に、己の命を繋ぐ事すら放棄しかねない状態の遙を、どう有っても強い者だとは、黎には思えない。


 この惑星には、遙や來が生きて行く為に必要な要素が何一つ存在しない。

 試行錯誤の状態で來が編み出した方法は、この惑星に巣食う人間の身体に、遙達が必要とする数多の要素を全て埋め込み、培養させる事。

 人間の生身を使い、少しずつ培養させた要素を、頃合いを見計らって遙達が人間から搾取する。

 当然、全てを奪取された人間の命はその場で(つい)えるが、それは仕方のない事だろう。

 遙が來に提示した唯一の条件は、対象となった彼等が寿命を迎えるその日まで待ち、事前に搾取を行わない事だと、聞いた。

 だが予想外に長生きをする彼等の寿命を待っていては、遙達の身体が弱ってしまう。

 彼等を乱獲しろとは言わない。 けれど生きていく為に、最低限の捕獲は必要不可欠なのだ。

 事実來においては、遙の居ない場所では平然と彼等人間を捕獲し、搾取しているではないか。

 人間が家畜を喰す、その原理と何ら変わり無い事。

 綺麗事だけでは生きてはいけない筈なのに、遙は現実を直視しようとしない。

 日々弱る遙を前に、焦る來や斎を見ても、遙は飽くまでも自分の信念を貫き通す。

 恐らくは何事に対しても執着を感じない遙の性格が、大きく災いしているのだろう。

 黎に取っては考えられぬ事だが、遙は時として己の命すら易々と、他人の前に投げ出す場合がある。

 生きると言う事は、あらゆる生物に取って最も重要な位置を占める筈なのに、遙はどうやら著しくその部分に欠損を起こしている――



「遙、我はお前に生きて欲しい」

「黎……私は」

「遙!」

 何か返そうとした遙の言葉は、斎の言葉によって遮られ、形となる前に消え失せる。

 倒れた二人の人間の治療に専念していた斎は、随分と切羽詰まった表情を浮かべていた。

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