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切なる、願い-03(91)


「皓?」

「……俺があんたに負けない位、強くなれば文句はない訳だよな?」

 悔しさの余り、告げる言葉は驚くほど低く。 怒りで震える喉が絞り出す言葉は、限り無く唸り声に近い。

 それでも持てる全ての理性を力ずくで動員し、皓は掠れた声で想いを紡ぎあげた。

「お前が今日の事を後悔するくらい、俺が強くなれば問題ないのだろう?」

 結局、力さえ全てなら。

 背に生えた翼は見えない鎖に捕われ、いつからか明日を夢見る希望は彼方に消えた。

 集団から弾き出され、何気ない呼吸すら困難な俺にまだ、この地に身を寄せよと言うならば。 

「……俺は! 全てを滅すほどに俺は、強くなってやる!」

「皓!」

 思わず皓に近寄ろうとした遙は、斎にその身を片手で制される。

 僅かに抗議の意を宿した瞳で、遙に見上げられた斎は、しかし無言で左右に首を振った。

「俺を屋敷へ連れ帰らなかった事を、一生お前達に後悔させてやる」

 地上では生きられず、一方彼等からは見限られる程度の実力。 それを天上さえ揺るがす程の強大な力に昇華出来れば、拒まれる理由はないはずだ。

 どうせどこにも居場所がないならば、もう誰にも、何にも遠慮する必要などない。

 思う存分に力を奮い、名を轟かせるしか生きる術がないなら、誰が傷ついたって構うものか!

「俺は、もうこの世界に耐えられない!」

 叫び続ける俺を心配げに見遣る遙の視線や態度は、よく見れば周囲に居る他の大人と同じじゃないか。

 表面上は同情するフリをして、結局肝心な処で俺を突き放す。

 今迄の経験上、厭という程解っていた筈なのに、俺は遙に、一体何を期待したのだろう――




「……」

 斎に守られた格好で、下唇を噛み締めていた遙が、吐き捨てた皓の台詞にゆっくりと顔を上げる。

 睨み付ける皓の視線を正面から受け止めた遙は、黒禽と対峙した時よりも、随分硬い表情をしていた。

 ようやく開いた唇から囁かれた言葉は、皓に言い聞かせるように、あくまでも優しく柔らかく、穏やかで。

「皓、いいか良くお聞き」

「……」

 遙の言葉に耳を傾ける気など更々無かったが、遙がつと浮かべた表情から何故か眼を離す事が出来ず、皓はつい黙り込んでしまう。

 深い碧眼に浮かぶ、僅かな怒りと悲しみは、不思議と皓の精神を根底から揺さぶって。


 ――言葉は染み入るように深く。 皓の胸の奥底に、ストンと落ちて来た。


「違うのだ、皓よ。そうやって自分も他人も傷付けたところで結局何一つ変るわけではない」

 取り巻く周囲の人間を己の過酷な運命が指し示す理不尽さに巻込んだとしても、血を流すお前の精神が休まる訳ではない。

 無理矢理捩じ曲げられた事で勢いを増し、跳ね返った孤独は却って自分自身を追い詰めるだけ――

「何よりお前には、我が身に代えても守りたい相手が居るのだろう? ……弟を、笙を助けたい気持ちは最早費えてしまったのか?」

「俺は……」

「お前を慕い、愛する家族を裏切る事に何ら良心の呵責を感じないと言うならば、私は未来を待つ事無く、この場でお前の存在を見限ろうぞ」

「遙……」

「心配せずとも、何年か先、お前は私達と行動を共にするようになる」

「!」

 告げた言葉に驚いて眼を見開いた皓に、遙は大きく頷く。

「私はただ、まだ年若いお前を屋敷につれ帰る事によって、お前の未来に無限に存在する可能性を、摘み採りたく無かっただけの事」

 透かし見た、遠い未来。 違う道を選択した皓の将来を、遙は『力』を使って読み取った。

「だから皓。自らが進んで、現在(いま)の自由を捨てる必要はないのだよ」

 ……本当は未来を告げる事も、したくはなかったのだけれど。

 人間(ひと)の身で私に協力すると言う事は、酷く苦痛を伴うことだから。



 遠い過去。アビに乞われて命を与えた子供は、いまや生きる事にすら、絶望を感じ始めている。

「永遠の命はやはり人間には重過ぎる――」 呟く彼の囁きを感じながら、遙にはどうする事も出来ない。

 皓のように、自分から申し子としての立場を望めば、あるいは感じ方は違うかも知れない。

 けれど、彼と似たような年頃の皓が、もし同じような想いを抱くのだとしたら。

 ――私はもう誰も申し子などにしたくはない――



「遙」

 不意に斎に肩を抱かれ、遙は自分の思考が斎に流れた事を知ると、少しだけ視線を伏せた。

『……私はいつも迷うから。強くなければいけないのにね』

 弱い精神(こころ)を見せてはいけない。 常に誰かの上に立ち続ける為には、自身が強く在らねばならないからだ。

 救いを求める掌を、一つでも多く掴む為には、迷っている暇も、立ち止っている時間も無い――

 

 突然途切れた会話に怪訝な表情を浮かべた皓に、脱線した思考を戻すと、遙は微笑んだ。

「皓、これを機に今一度振り返り、お前にとって最善の道を選び取るがよい」

「俺の気持は変わらない。何年後になろうとも、俺は多分、地上(ここ)では生きられない。だから、遙を探す」

 瞬時にそう言い切った皓に、遙の苦い笑いが混じる。 ……これでは選択を与えた意味がない。

「仕方無いね」

 微笑んだ遙の瞳に、ごく微かな紅い色が混じる。

 その意味を知るまでもなく、吸い寄せられるように見つめた皓に、何故か妙に遠い遙の言葉。


「私の名も、屋敷の事も現在(いま)は忘れるがよい」

 ――本来在るべき正しい道。時代(とき)が流れ、自由を手にしたお前は必ず、私を探すだろう。

 だが辛い道を歩ますならば、違う未来も選択出来るよう、私はお前に機会を与えたい。

「お前は全てを忘れる。解ったね?」

「……」

 こちらを見据えたまま、操り人形のように頷く皓に、遙は微笑むと、町へ帰るように促した。

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