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出逢(09)

「キューッ キューイ」

 ああそんなに鳴かないで。遙もアビを苛めないでよ。アビが鳴いてる。もうすぐ料理が出来るから、

そうしたら皆で一緒に夕飯を食べようよ。今夜のメニューは……メニューは……。

 必死で考える瞭の鼻先を、シチューの良い匂いが漂ってくる。

「キュイーッ!」

「わっ! アビを食べないで!」


 大声で跳ね起きた僕の眼に飛び込んできた光景は、今まさに鍋の材料にされようとしている、

アビの姿……ではなく、楽しそうに男の子に遊んでもらって、おまけに腹まで見せている、

アビの油断しきった姿だった。

「……アビィ」

思いっきり脱力した僕の元へ、体躯を起こしたアビが男の子と共にやってきた。


「よっ! 目が覚めたか? 俺は要。あっちが姉の綺菜。あんたは?」

「僕は瞭。こっちはアビ」

 要の勢いに負けた形で、思わず素直に自己紹介してしまってから、僕は事前に遙から嘘の名前を

決めてもらっていた事を、思い出す。

 僕達は基本的に、他人に自分の本当の名前を、明かしてはいけないことになっている。


「名前から正体が知れると、後々に迄その影響が続くし、場合によっては村一つの面倒を

一生見る立場に陥らないとも、限らないからだよ」

 遙に言われた言葉が、いまごろ僕の頭の中を駆け巡る。

 面倒ごとを避けるためにも、ここは早く何か言い訳を考えないと。

「けどどうしよう、思いっきり名乗っちゃったよ」と焦る僕を尻目に、要は至極あっさり言ってのけた。

「ありきたりな名前だなー」

「!」


 そうだった。ここの子供達に限らず、遙に肖ろうと殆どの村人は、僕らの名前を子供につける。

 遙に瞭なんて、ごろごろウジャウジャ、まるでジャガイモの様に、そこいらに沢山転がっている名前だった。

 もっとも僕の場合、『瞭』と言う名前自体が仮の名前らしく、僕自身がまだ知らされていない、

 遙だけが知っている本当の真名が別にある。

 遙曰く「お前がもっと大人になって、自分の意思で物事を決められる年齢になったとき、教えてやる」そうで。

 仮の名前とはいえ、ありきたりだと言われて少し落ち込んだ僕は、危うく大切な事を忘れる処だった。


『そもそもここは何処なんだろう?』

 アビの頭を撫でてやりながら、僕は自分の置かれている状況を把握しようと、辺りを見回す。

「……僕はどうしてここに居るの?」

 この疑問に要が口を開きかけた丁度その時、冷たい水を持ってきた綺菜が、僕に水を渡しながら、

さりげなく要の後頭部を張り倒して、微笑んだ。

「ごめんなさいね。要が貴方を獲物と間違えて矢を射掛けたからなの」

「……」

 痛って〜と呻いている要に見向きもせず、にっこり微笑む綺菜。遙と同じタイプだ。絶対……。


 固まる僕を見てまだ具合が悪いと判断したのか、綺菜が僕を布団に優しく押し返しながら、熱の有無を確かめる。

 柔らかくて、少し冷たい手が額に触れて気持ち良くて。

 遙も綺麗な人だけど、綺菜は違った意味で綺麗だなーと、まだ(まと)まらない思考の中で、ぼんやり考えたりしてしまう。

「食事が出来たら起こすから、それまでは寝てなさい」

 綺菜の言葉に素直に眼を閉じたその時、要の声が聞こえた。

「俺、絶対女の子だと思ったんだけどなー」

 ――――――天誅(てんちゅう)――――――!




 綺菜からせめて今日だけでも泊まりなさい、と半ば以上強引に与えられた部屋は、小さいけれど感じの良い、

手入れの行き届いた部屋だった。

 質素な(要が獲物を取り損ねた為らしい)夕食を三人で囲んだ後は、傷に障るといけないからと、

僕は早々に部屋へと追い遣られてしまった。

 たった半日だけ一緒に過ごしたのに綺菜も要も、まるで昔から知っている人みたいに、打ち解ける事が出来た。

 普段大人ばかりに囲まれて暮らしている事の方が多い僕には、年齢の近い彼等と長時間に渡り、

しかもこんなに屈託無く会話をするのはとても新鮮な体験で、何だか少しばかり浮かれてしまった。


 遙はその立場上、極力他人の前に姿を現すことはせず、一年の大半をあの屋敷の中で過ごす。

 僕は遙を護る立場に有るので、常に遙の傍に居るし、屋敷には限られた人物しか出入り出来ないから、

自然と僕の周囲は大人ばかりになっていた。

 勿論、遙に内緒で出かけていた近隣の村には、同じ年頃の子供達が沢山居たけれど、

僕が遙と暮らしているのが知れると同時に、友達じゃなくなってしまった。

 ……僕に頭を下げて敬語を使う友達なんて、友達じゃないもの。皆に悪気が無いのは僕にも解っている。

 けれど、いつしか僕と皆との間は自然と距離が開くだけになってしまって、気付けば周囲に誰も、

友達と呼べる人間が居なくなっていた。


 それに遙の傍に控える僕や、師匠を含む一連の仲間は、遙との契約を以って申し子となり、

通常の人間の速度では、成長しない身体へと、変化する。

 イエンに来る前に、僕は久し振りに自分が育った(ふもと)の村イシェフに立ち寄ったが、

そこで同じ年頃だったはずの乳兄弟が、早や二人の子供の父親になっていた事実は、

僕に計り知れないショックを与えた。

 頭では理解していたつもりだったけれど、現実的に(とら)えた時に、何故か少し哀しかった。


 僕の場合幼少の身で契約を受けた為か、申し子の内に有っても歳を取るのが非常に(ゆる)やかで、

中々思うように成長しない。

 僕より歳下だった筈の仲間に、いつの間にか背丈を追い抜かされる事も、度々だ。

 仲間内では精神構造も、身体に見合った速度で育つと言われている為に、悔しいかな、未だに僕は此処では

最年少扱いだ。


 遙を……。早く大人になって、遙を護ってあげたいのに。


 気持ちだけで、背丈さえ遙に程遠い。せめて身体か精神の、どちらか一方でも普通に成長出来れば、

少しは役に立てるのに。

 何十年遙の傍に居ても、僕独りでは何一つ満足に出来ない。

 ……遙や師匠。

 そして他の仲間の成長にさえ置いて行かれる状態の、そんな自分自身がとても悔しくて、嫌いで……。

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