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切なる、願い-01(89)

「……」

「うん? どうした大丈夫か?」

 黒禽は魔物なのだ。それを易々と(たお)したこの人間は、一体――?!

 受けた衝撃が大きすぎて、声すら満足に出せない皓に、彼は少し眉を(ひそ)めると、歩みを進め、皓の顔を至近距離で覗きこむ。

「!」

 金色の髪に縁取られた(かんばせ)は意外と若く、(まと)う柔らかな気は、男性と言うよりは、女性に近い。

 間近で改めて見詰めたその(かお)は、戦闘中とは打って変わって、優しい印象を皓に抱かせた。

『? ああ、瞳の色が違うからか……』

 黒禽と対峙していた時、彼の瞳は確かに燃えるような紅色だった。

 全てを跳ね返すまでの強烈な紅に、一瞬で畏怖(いふ)を覚えたのは本当だ。

 けれど現在(いま)、こちらを覗き込む瞳は、限りなく穏やかな碧色で。

 優しさだけを纏う気配からは、先程感じた傲慢さは、微塵も感じられない。

「……お前は、一体?」

 同じ人間なのだ。瞳の色が変わるだけで、受ける印象がこんなにも違うはずはない。

 なのに黒禽と対峙していた時とは何もかもが、まるで別人だ。

 間近で見る彼の身体は、全体的に華奢としか形容の仕方がないほど細身で、白く細い(かいな)に至っては、黒禽を分断する腕力など、どう考えても持ち得そうにもなかった。

 勝手に判断した性別すら、実は間違っていた気がして、皓は再び彼の印象に迷う。

「私? 私は、遙だ」

「遙……」

 告げた名を、ただ単純に繰り返しただけの皓に、遙は驚いたように、小さく呟いた。

「お前は、私の名前を知らないのかい?」

 ――どこかで薄っすらとその名を聞いた覚えは、有るのだが。

 余りに沢山の事が起こり過ぎた為、記憶の歯車に過大な負荷が生じ、まともな思考でさえ、手放してしまいそうだ。

『駄目だ、どこで聞いたか思い出せない』

 ぎこちなく頷いた皓を遙はしばらく黙って見詰めた後、不意に薄く微笑むと、町まで帰るように促した。

「帰り道は、解るね?」

 町に向かう正しき方角へ。 遠く、森の木々を透かして見える、待ち望んだ家の灯り。


 ――けれど。俺が帰る事を、果たして両親は本当に望んでいるのか?――


『明日からまた居住地を探さなくてはいけないな』 俯く両親の姿。黙り込む兄弟達。

『俺にこんな力さえなければ、両親だって俺を……』 黒禽を斃した後、吐露された少年の心の悲鳴は、本当は――

「違う!」

 町へと押し遣るように、肩に添えられた遙の掌を、咄嗟に振り払う勢いで。

 気付けば言葉は喉を衝いて、皓の口から溢れ出していた。 ずっと自分の中で(くすぶ)っていた、積年の想い。

「俺には帰る場所なんてない!」

 一度吐き出した言葉は留まる事を知らず、募った感情と共に(せき)を切って溢れ出す。

 ――このまま町へ帰ったところで、一体誰が、俺を歓迎してくれると言うんだ?! 

 人々は黒禽を(たお)した俺を現在(いま)まで以上に(おそ)れ、より一層、(いと)うだろう。 そんな場所に帰ったところで、俺は結局――


「頼む遙、俺を連れて行ってくれ!」

 それは決して衝動的な想いなどではなく、以前からずっと、皓が心の中で強く考えていたことだ。

『いつか自分より強い人間が現れたなら、そいつと共に町を離れ、旅に出る』

 まだ年端もいかぬ子供だから、と世間体を気にする両親は、否が応なく皓を外へと離さない。

 ――だがもし誰か他に仲間がいれば? 両親は喜んで俺をそいつの下へと託す事だろう。遙なら、確実に俺よりも強い。 いや多分遙より強い人間は、この先二度と俺の目の前に、現われはしない――


 あれ程焦がれ、夜毎待ち望んだ救いの手は、いまようやくこの手で掴める場所に在って。

 自由を奪い地上に繋ぎ止める全ての(くさび)から、解放される為に。

 皓はこの機を逃す訳にはいかない。


 ――ここで遙と別れたら、俺はまた、この人で溢れた広い世界で孤独(ひとり)になる――


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