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生きる為に-06(78)

「何だ?」

 皓は辺りの木々が唐突に(そよ)ぎ出した事に気付き、駆けていた足を止めた。

「笙、止まれ」

 出来る限り木々の間を縫って走る様にしていた為、幸い隠れる場所には事欠かない。

 ()いだ一陣の風の正体は案の定黒禽が引き連れてきた旋風で、瞬く間に勢いを増し強風へと形を変えた。

 這うように身を潜めた二人の上空を、黒禽は左右に不自然によろけながら、旋回を繰り返す。



 黒禽の忌まわしい姿をその眼に捉えながら、なおも(くさむら)に身を隠す皓の精神(こころ)を、激しく揺れる感情が、掻き乱した。

 自分が囮になると告げた青年が、黒禽を前に早々に逃げ出したとは、考え難い。

 が残された唯一の選択肢は、皓にとって一番考えたくない内容だった。

『黒禽がここに現れたと言う事は、あいつが黒禽の餌食になったとしか、考えられねぇ』

 最悪の結果を皓とて考えたくは無いのだが、どう考えても、現状から指し示す答えは、一つしかなく。


 ――ああ、俺に任せろと頼もしげに呟いた青年は、もうどこにもいないのだ――


 漏れそうになる声を、皓は唇を強く噛み締める事で遣り過ごす。

 期待しては絶望する、そんな心の悲鳴なんて、現在迄(いままで)でも何度となく抑え込んできた。

『今度だって形は違うが、似たようなもんだと思えばいい。そうだろう?』

 自問自答する皓の握り締めた拳が、幼い線を残す肩が、僅かに震える。


「兄ちゃん、黒禽が……」

 幼いなりに何かを感じ取っているのだろう。

 背後にいる笙の声が、不安げに掠れ、辺りの闇に消え入るように溶け込んでいく。

 上空では執拗に黒禽が旋回を繰り返し、盛んに苛立った啼き声を上げていた。

 このまま隠れ続けたところで、無事町へと辿り着ける確率は、そう高くはないだろう。

 恐らく黒禽は見失った二人の姿をその視界に留めるまで、周囲を旋回し続けるに違いない。


「兄ちゃん、怖いよ」

 余りの恐怖に、本当はいつ泣き出してもおかしくはない状況なのだ。

 震える声に慌てて眼にした笙の顔は恐怖のために硬く強張り、戦慄(わなな)く唇は血の気を失って白く乾いていた。

 瞳に薄っすらと涙を浮かべ、それでも泣くのを必死で堪える幼い姿に、皓は思わず笙を力一杯抱きしめた。

「大丈夫だ笙! お前は何としても俺が護る」

 抱き締めた腕を通して伝わる子供特有の暖かい体温が、皓の苛立ちと不安を僅かながらにも(やわ)らげ、萎えかけた勇気を奮い立たせる。


 ――笙、俺がこの世で失いたくない、ただ一つの大事な(おとうと)――


「俺はお前だけでも、必ず家に帰す。絶対にだ!」

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