生きる為に-05(77)
「一体、何が」
地表に巻き起こる吹き返しの風の中、残された青年は呆然としながらも、黒禽の飛来先を仰ぎ見る。
「しまった!」
金属音が聞こえた方角は、否が応でも皓が移動している方角と一致する。
音を追った黒禽が、その道筋で万が一にも彼等を見つけたら。
「くそったれが!」
罵りの言葉を吐いて、青年はその場から脱兎の如く駆け出し始めた。
遥か先の上空を飛ぶ黒禽の忌まわしい姿を目視で確認しながら、木々の間を巧に擦り抜け駆け続ける。
「俺の杞憂で済めばいいんだが」
邪魔な小枝を圧し折り、地表に落ちた木の葉を巻き上げ、傷だらけになりながら、それでも青年は諦めることなく、黒禽の後を必死で追い続ける。
――騒ぎ立てるこの音に黒禽が苛立ち、狙いを再び自分に定めるように――と胸中で祈りながら。
どれ位走り続けたのだろう。
黒禽の姿が漸くはっきりと確認できる程度にまで近付いた青年は、もしや? と思う。
疑問は飛行距離が著しく劣りだした黒禽の姿を見て、解答を得た。
左右に不安定に揺れるその翼は、恐らく先刻の毒が、黒禽に何らかの影響を与えたからに他ならないだろう。
伽藍の毒性はとても強く、人間ならば掠っただけでも即致命傷と成る代物だ。
黒禽相手にこの種の毒が効くかどうかは、些か不明だったが、どうやら有効だったらしい。
安心した弾みか足が縺れて転びそうになった青年は、止む無くその場で立ち止まる。
苛まれ続けた心臓は爆発的な勢いで脈打ち、割れるような頭痛を呼び入れる。
満足に呼気を取り込めぬ肺は新鮮な空気を求め、細い悲鳴を上げ続けていた。
「はーっ、はーっ」
思った以上に身体に負荷が掛かっていたのだろう。
立ち止まった途端、軽い眩暈に苛まれ、地面に両手を着いた状態で、青年は浅い呼吸を忙しなく繰り返す。
急激に取り込んだ空気は肺を刺激し、大量の咳となって青年の、口から外へと迸った。
「げほっ!」
胃が引き攣れた様に痛く、吐いた咳に僅かながら、酸い液体が混じる。
「くっ……」震える身体に、限界の気力。 それでもここで立ち止まる訳には、いかないから。
青年は再び呼吸を整えると改めて上空を見据え、黒禽目指し駆け出した。
「皓、笙。どうか無事で――」