生きる為に-04(76)
大きな一つ岩を中心に、ぽかりと円形状に伐採が進められた小広場。
青年は岩山を背後に片膝を付くと素早く腰の鞘にある留め具を外し、短剣をいつでも投げられる態勢に身構え、黒禽を待ち受ける。
その間待つ事数秒足らず。 程なく黒禽がその巨大な全貌を、広場の上空へと現した。
旋回を何度か繰り返す内に、青年の屈んだ姿を僅かながらにでも、視界に捉える事が出来たのだろう。
己の強靭な体躯を脆弱な人間に見せ付けるが如く。
まるで一層の恐怖を誘うように、青年を前に殊更ゆっくりと、黒禽は降下を開始した。
「でかい」
間近に迫れば迫るほど、対峙した黒禽の大きさに、思わず青年の腰が引ける。
黄色く濁った一つ目に無尽に血走った赤は、例えようが無いほど不気味で恐ろしい。
『まだだ……まだ遠い』
青年は恐怖からつい逸りそうになる気持ちを、全神経で強引に抑え付ける。
一本しかない短剣を絶対に外さない距離にまで、是が非でも黒禽を引き寄せなければいけないからだ。
『いまだ!』
黒禽の弱点。 唯一の眼を狙い、手にした短剣を力一杯投げつける。
「ギャッ!」
だが短剣は黒禽の眼を貫く前に、黒禽自身が巻き起こす容赦の無い旋風によって、その勢いを絶たれ、申し訳程度の微かな傷を目尻につけただけに終わった。
「ちっ! 掠っただけか!」
巻き起こる強風の勢いに飛ばされまいと、青年は必死で岩陰に身を伏せる。
黒禽は僅かとはいえ、人間風情に自らが傷つけられた事実に激昂したのだろう。
一際大きな声で啼くと、一直線に青年に狙いを定め、上空から飛来する。
「!」
黒禽の一本しかない足に生えた、巨大な鉤爪が見える。
剥き出された凶暴な爪が、身動ぎすら出来ず、眼を見開いたままの状態にある青年を切り裂こうとした瞬間。
シャァァーン!
「何の音だ……?」
不意に森中に響いた高く澄んだ金属音。
その玲瓏たる音色は、敏感な黒禽の聴覚を、著しく刺激したのだろうか?
黒禽は唐突に青年への攻撃を止め、苛立ったようにその場で短い咆哮を何度か上げた。
シャララァーン!
余程癇に障る音程なのか、再び鳴り響いた音色に対し、黒禽は急上昇を開始すると、最早青年には眼もくれず、新たに定めた目標目掛け飛行を開始した。