生きる為に-02(74)
森の中、程無く現れたのは葉が枯れ果て、枝が剥き出しになった複数の立木。
内部に巨大な洞を抱えてしまったが故、成育途中にも関わらず、立ち枯れを起こしたこの木々なら、充分役立つ筈だ。
周囲を茶色く乾いた木々に取り囲まれた状態になるよう青年は立ち位置を決めると、先程から握り締めていた石塊を手当たり次第、枯れ木目掛けて投げつけ始めた。
果たして狙いは違わず、石塊は乾いた音を立て、次々と周囲の洞の真上へと命中する。
「……どうだ?」
青年が起こした行動の結果は、待つほどの事もなく直ぐに表れた。
洞の内部に長年に亘り溜まった雨水と樹液は、外部から与えられた衝撃に依って一直線に底部へと降り注ぐ。
ザザザーッ!
静寂に沈む森の中を突然豪雨のような、大量の水の降る濁音が掻き乱す。
「よし!」
同時に地面を伝う振動は周辺の幹を駈け登り、細い枝を撓らせては、木の葉の揺れを誘う。
破られた沈黙は、黒禽の注意を惹くには充分過ぎる代物となって、空へと放たれた。
「ギャァオオオー」
興奮か、苛立ちか?
どちらともつかない黒禽の不気味で甲高い啼き声は、遥か上空から聞こえたにも関わらず、大地を震わせ、足元を激しく波打った。
『これで黒禽は、迷わず俺を追うはずだ』
青年は再び手頃な大きさの石を拾い集めると、揺れる大地を後に一目散に駆け出した。
全力で走りながら、僅かに上空を仰ぎ見る。
淡い光に彩られた満点の星空が、黒禽の姿通りに漆黒の影に切り取られ、まるでそこだけが何もない闇夜のように、青年には思えた。
木々の隙間越しに見え隠れする巨大な体躯と、小刀を思わせるほど鋭く堅い羽毛。
戦って勝ち目の有る相手ではない事を、他ならぬ誰よりも、青年自身が一番解っている。 ……けれど。
「俺はあんたより強い……か」
笙の後を追う前、皓が広場で口に出した言葉を、青年は胸の内で反芻する。
「確かにな」
それでも、自分が大人である以上、小さな命は守らなければならない。
青年は一人挫けそうな自分の精神を、叱咤する。
自分がいまここで踏ん張らなければ、皓はますます他人との距離を広げてしまうだろう。