生きる為に-01(73)
「解ればいいさ」
優しいその物言いに何故か心が痛い。
尚も俯く皓の頭部を青年は軽く小突くと、顔を上げるように促した。
「いいか皓。これから俺が黒禽の注意を惹き付ける。その隙にお前は弟を連れて逃げろ」
「なっ?!」
「俺は闘えるぞ」と返そうとして、青年に見事に途中で遮られる。
「俺はお前達を護る事だけ考える。だからお前は弟を護る事だけを考えろ」
「けどそれじゃ丸っきり囮じゃねぇか」
皓の言葉に青年の顔が微かに笑みを浮かべた。
「心配してくれるのは有り難いが、子供は己の心配だけしてろ」
「なっ!」
「大人を舐めるんじゃないぞ」
町の若者を取り纏めるこの青年は、細身の外見には似合わず確か皓に負けるまでは、村一番の使い手だったと聞いた事がある。
町までの最短距離を皓に手短に口述で教えると、青年は黒禽の旋回する空を見据えた。
「じゃ、俺が先に出で黒禽を誘き寄せる。打ち合わせ通り、お前達はその隙に町へ向かえ」
こちらに向ける真剣な眼差しに、しっかりと頷く事で皓は青年に対する敬意を表すと、笙の掌を今度は二度と離さぬよう強く握り締めた。
「行くぞ、笙」
『助かるために、現在の自分達に出来る、有らん限りの最大級の努力を、俺達はすべきだ』
さてどうするかだな……。 青年は横目で皓が静かに移動を開始した姿を盗み見る。
鬱蒼とした暗い森の中を、小さな笙の掌を固く、強く握りしめながら。
少しずつ、だが確実に町へと向かう皓の姿が、木々越しに断続的に見えた。
『必ず、二人を無事に町まで帰してみせる』
青年は、『よし!』と気合いを入れると、足元に無数に散らばる石に眼を止めた。
「そうだ、これで」手頃な大きさの石塊を、地面から素早く数個選び取り、掌に固く握り締める。
黒禽の注意を、幼い子供から、先ずはこちらに惹き寄せる為に。
「黒禽よ、お前の聴覚を利用させて貰うぜ」
幼い頃から遊び回ったこの森で、青年に与り知らぬ場所はない。
「あの木にするか」
ここからそう遠くない場所にある大木を利用する事に決めると、青年はわざと大きな音を立てながら、極力目立つように移動を開始した。