豊穣祭-04(70)
「兄ちゃん」
「いいか、ここをしっかり握っているんだぞ」
緊張で汗ばんだ掌を必死に差し出した笙に、皓は掌ではなく己の服の裾を掴ませる。
確かに手と手を繋いでいれば黒禽に捕まっても上空に攫われる心配は減るだろう。
だが両手が塞がっていては黒禽に襲われた場合、こちらから何も仕掛ける事が出来ない。
「俺が護ってやるからな」
怯える笙に小さく言い聞かせると、皓は常に背中に負っている剣を確認する。
この剣は皓が以前に斃した魔物の骨から作りあげた手製の剣だ。
「これさえ有れば俺は負けねえ」
周囲の大人達が構えているどんな剣よりも、硬い素材で出来ているこの剣は、皓の最大で、なおかつ唯一の武器でもあった。
「皓? お前何故手を繋いでいない!」
傍らを歩いていた先程の青年が目敏く皓の様子を観察すると、声を荒げる。
「大丈夫だ、弟は俺が剣で護るから心配ない」
背中の剣を指し示した皓に対して、青年が尚も言葉を続ける。
「馬鹿、違う! 手を繋ぐ意味はそう言う事じゃなく――」
「ギャァオオオオオー」
突然直ぐ傍で硝子を擦り合せたような、異様な大音響が青年の言葉の先を奪い、突風が大地を激しく震わせた。
「いゃぁぁぁ!」
間近で聞こえた黒禽の啼き声と羽音が、只でさえ極限状態に有った子供達の精神に火を点けた。
散り散りに脱兎の如く走り出そうとした子供達は、然しその場から誰一人として動けない。
「手を繋げ」その意味は一目瞭然だった。
恐怖に怯え、反射的に強く握り締めた掌が、繋いだ相手をお互いに拘束しあった結果、子供達の誰もがその場から動けなかったのだ。
――そう、皓が服の裾を掴ませた為、ただ一人誰とも手を繋ぐ事のなかった、笙を除いては。
「しまった!」
集団から離れ単身森の奥に引き返した笙の後を追うように、黒禽が一際大きく啼くと再び地面に突風が叩き付けられる。
「笙!」
笙の名を叫び、夢中で走り出した皓の背中を青年は自らも追うと、後方へ指示を投げる。
「お前達は町へ向かえ」
「わかった!」
黒禽が皓の弟に目を付けたその隙に、何とか他の子供達を町へ連れ帰るため、男達は泣きじゃくる子供達を叱咤し、無理矢理立たせると町へと向かう。
「早く、皆走って」
これ以上犠牲をださない為には、この期を逃す訳にはいかない。
その場に残された男達には迅速に避難を続ける事しか、出来る術はなくて。
「無事に帰って来いよ……」
心の底から祈る言の葉は、けれど走り出した彼等には届かない。