豊穣祭-03(69)
「……確かお前より俺の方が強かったと思うが」
「!」
皓の容赦ない言葉に青年の耳が羞恥で染まる。 すらりとした長身のこの男。
見覚えが有る顔だと思ってはいたが、こいつは何カ月か前に一方的に皓に因縁を吹きかけ、喧嘩を売ってきた相手だ。
「お前だけじゃない」
周囲を囲っている面々の中に、皓はこれまでに倒した相手が数名含まれている事を確認すると、一人ずつ指し示した。
「お前も……お前もだ」
皓の噂を聞きつけた彼等にすれば、軽い腕試しのつもりもあったのだろう。
「お前があの戦神か」
この町へ越して来た直後、有無を言わせず売られた喧嘩の数々。
まだ全身に幼さの残る皓が、倍以上身体の大きい大人達を相手に難なく倒せる筈もない。
半ば冗談で、半ば本気で挑んだ彼等を、だが皓は容赦なく完膚なきまで、その身を叩きのめした。
「俺はあんた達には、負けなかった筈だ」
「……」
順々に己の顔を指し示された男達は、気まずそうに互いの顔を見合すと、最初に皓に声をかけた青年に、口々に言葉を投げ返す。
「放っておけばいい、そんな可愛げのない奴」
「俺達より強いから大丈夫だろ」
「いっそ囮になってみればどうだ?」
男達の吐き捨てるような言葉の数々に、皓の眼が眇められ、握りしめた拳に力が入る。
――いつもそうだ。俺は言葉が足りないから、誤解される――
「俺も護衛に回るから」と告げようとした皓の言葉は、男達が吐き続ける遠慮のない罵りを前に、喉の奥で硬く詰まり、もはや音としては出てこない。
「いい加減にしろ!」
けれど意外にも声を荒げ他の男達を怒鳴りつけたのはあの青年で。
「皓お前もだ! 子供は子供らしく言うことを聞け!」
まさか皓を怒鳴りつける輩が未だに存在するなど、彼自身考えていなかった。
実の両親でさえ皓を恐れ、常に顔色を窺がっているというのに。
「早く入れ!」
青年はどこか茫然とした面構えの皓を無理に輪の中に押し込むと、声を張り上げた。
「全員揃った。この班で最後だ、黒禽がこの場所に到着する前に急いで出発するぞ!」
欝蒼とした森の中は想像以上に暗く、纏まった人数が少しずつ移動するため、町までの距離は遅々として縮まらず、
最後尾を進む皓達の面々に、少しずつ、だが確実に焦燥感が芽生え始めていた。
「いいか必ず隣の奴としっかりと、そして強く手を繋げ!」
万が一にも黒禽に攫われない為の手段なのだろう、大人達の掛け声に、皆が一斉に隣の人間と手を固く繋ぐ。