現在-02(66)
脅し半分の皓の態度に、半ば焦るようにして、恭が早口で切り返す。
最初は恭自身眼の錯覚かと疑った。
だけど確かに存在した、険しい山々の上空を軽やかに飛ぶ、二つの人影。
思わず上げた大声に反応して、此方を向いた小柄な人影とほんの一瞬、眼が合った。
陽光に溢れんばかりに輝く金髪と、繊細な睫に彩られた濃い碧色の瞳。
抜けるように白く小さな顔に、厭味ない高さで彫り込まれた鼻梁。
微かに開いた唇は、まるで此方を誘うような色付きで。
驚いたような眼差しを向けたその容貌が、遠目にも余りに綺麗で、恭は思わず眼を瞠る。
『何て、綺麗な……』
空を翔ける高貴なその存在から、僅かばかりの視線を逸らす事すら、恭には出来なくて。
皓に知らせなければと、恭が遅れた思考を纏めて声を上げた時には、既にその場から彼女の姿は跡形も無く消えていた。
「……あそこに、人が居たんだ」
「はあっ? 空に人、だと?!」
「もしかして遙って、女の人なのかな?」
何処か熱に浮かされたような気分になりながら、恭は先ほど空に垣間見た遙の姿を、無意識に思い浮かべる。
あの美は正しく、触れてはならぬ神の領域だ。 一瞬にして脳裏に迄焼きつく強烈な印象。
現在まで出逢った事のない華奢で優美なその姿態に、恭は一目で魂まで魅せられた。
「あんなに綺麗な女、初めて見たかも」
遙に心を明け渡したまま、惚けた状態で呟いた恭の言葉に、皓が冷めた口調で否定する。
「いや遙は男だろ? 確か双子の妹が居るとか居ないとか、聞いた事は有るが」
「え? そうなの?」
「ああ。俺の記憶が確かなら、だが」
眼の前に映る、恭の赤茶けた髪から視線を逸らし、皓は遙がいたと言う空を顧みる。
皓の中に有る古い記憶。 思い出す度に鈍い痛みが走るその記憶は、一体いつの頃だろう。
感情の起伏も激しく、まだ力を制御出来ていない少年の頃。
両親は皓が何か問題を起こす度に、まるで逃げるようにして、その町や村を離れた。
神経質な両親はどんな些細な事象でも決して見逃す事はなく、何度も何度も移住を繰り返し続けた。
余りに色んな場所に住んだ為に、どの地方かは思い出せないほど、遠い記憶の彼方で。
『……確かに俺は一度、遙に遇っている』