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旅立-02(64)

「本当に……どうしても行ってしまうのかい? ……皓」

 眼の前で形だけの涙を浮かべる両親に、何の未練もない。 何年間か滞在したこの町にさえ、何一つ。

 時に壊れそうになる精神を抱え、ガムシャラなまでに居場所を探し続けた長い年月の果て。

 この町で過ごした無意味な遠い時間を、何の感慨もなく皓は思い返していた。



 いつの頃からだったか。

 一度も土に(まみ)れた事がない圧倒的な強さは、要らぬ噂を呼び、腕に覚えが有る者を皓の下へと誘った。

 近隣の強者から始まった勝負は、はるばる遠方から猛者を呼び寄せるまでに拡がりを見せ、それら売られた喧嘩を全て買い占めた結果、いしつか皓は、この世界では珍しい彼の漆黒の髪と瞳を指して『黒き戦神』と呼ばれる特別な存在になっていた。


「俺より強い奴はどこかにいないのか?」

 もはや抑える事も出来ず、白日の下へとさらけ出された感情。

 後押しする桁外れの強さは、周囲との疎外感を生じさせるばかりで、何の解決にも繋がらない。


「皓お前……実は『卵』だから、強いってわけじゃないのか?」

 地面に這わせた相手から必ずといって良いほど聞かされる、皓には意味の解らない単語。

 今日に限ってそれを問い質したのは、単なる気紛れからだった。

「卵って……何の事だ?」

「おいおい、本気で聞いているのか?」

「ああ」

 何故か酷く驚いた表情を宿した男が、土ぼこりで乾いた唇を舌で湿らせながら、地面から起き上がる。

「まさかとは思うが皓、この世界を治める二神の話くらいは知っているよな?」

「少しなら、な」


 障穴から迷い出た魔物が闊歩(かっぽ)するこの世界を、人が絶対に持つ事の出来ない不可思議な力を駆使して、統治する二人の神々。

 異空から舞い降りた彼らは圧倒的な強さを誇り、魔物だけでなく、精霊が治めるとされている自然界でさえ、自在に支配出来るという。

 審判を司る神『來』は、月光を浴びた瀧のような長い銀髪に、冴えた暗褐色の瞳を有すると聞くが、万物を意のままに操るとされる『遙』は、碧の瞳を持つ以外、詳細は何故か謎に包まれていた。

 人々をより善き方向へと導く役割をになう二神は、時として人間の手を必要とする場面が有り、各地で積極的に強い人間を募り、天空に在る屋敷に受け入れているらしい。

 だが二神が求める資格は非常に厳しく、全ての条件を満たし、屋敷へ移住出来る人間は年間を通しても、ごくわずかな人数のみ――


「俺は移住したいと申し出たが、年齢が条件に合わないからと断られた」

 武術試験すら受けさせて貰えずに、一方的に門前払いされた記憶は新しく、皓は苦々しく呟くと、足元の小石をいらだち紛れに蹴り上げた。

「いや……もし皓が卵なら、移住は年齢に関係なく可能だ」

「?」

 どこか興奮気味の男をすがめた視線で射すくめると、皓は顎をしゃくって続きを促した。

「神と人間との間に誕生した奇蹟の子供の総称を卵って言うんだ」


 ――ああ。この世界に暮していれば、赤子でさえ知っている伝承を、俺はどうしてもっと早くに知り得なかったのだろう――


 そう『卵』とは、神と人間との間に誕生する奇跡の子供。

 生まれながらにして類稀なる能力を持つ子らは、証として身体のどこかに必ず、神の子としての烙印が刻まれていると男は告げた。

 そして二神のうちの一人『遙』は、人間の願いを叶える為に度々地上へ降りてくる際に、この『卵』と呼ばれる存在を探し出し、屋敷へ連れ帰るのだと言う。


「どこかにアザは?」

 男の言葉に、皓は全身を隠す事なく外気にさらけ出したが、隅々まで見回したところで、卵の証となる紋章は身体のどこにも刻まれてはいなかった。

「……いいや」

「そっか……だよな。俺を持て余している両親が、今迄に俺の身体を調べていない筈がねぇ」


『あの子が、皓が卵だったら――』

 息子を厄介払いしたい両親が、陰で頻繁に口にしていた言葉の意味。

 身体に卵の証があれば、両親は迷う事なく直ちに皓を二神の下へ託していただろう。

 冷静に考えてみればすぐに気が付いたはずの答えに、一瞬でも踊らされた事が口惜しく、皓は奥歯を食い縛る。

「俺は卵ではない、と言う事か……なら」

 迎えを待っていても卵では無い以上、救いの手が差し伸べられる事は永遠に無い。

 訪れる希望が無いのなら、閉ざされた道を自らの掌で切り開くしか、残された者に掴める未来はない。

「なら俺が遙の下へ行く」

 神に選ばれず、救いの掌から零れ落ちた存在は、生きる意味を求めて、二神の屋敷へと向かう。

 存在を哀れむ事の無い為に。 この世界に生まれて来た事にすら、後悔しない為に。

 そして何より、これから先の人生を生きぬく為に。

「俺は必ず遙を探し出す」





「皓……」

 小高い丘に位置する家の横に植えられた、沙珠栢(さしゅか)の木。

 生い茂る緑の葉を透かして、柔らかな陽光が射し込む中、過ぎた年月を思い出し立ち止まる皓に、まるで旅立ちを促すかのように繰り返される、両親の声。

「本当に行ってしまうのかい?」

 背中越しに聞こえる嘘と偽りで彩られた両親の問いかけに、もう惑わされたりはしない。

 十四歳の今日。 生きていく場所を見つける為に、少年は全てを棄てて一人旅立つ。

 どこまでも無限に広がる、潔いほど澄み切った青い空の下。

 必ず出逢ってみせる、理不尽にあてがわれた世界に残された、たった一つの最後の希望。

「遙待っていろ……必ずお前を探し出す!」

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