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帰還(60)

「皓! もう充分みたいだよ」

 恭の声に、皓が考え込んだ瞭から視線を流す。

 暫く恭の血を飲み込み続けた石は、唐突にその光を消し、満ち足りた事を自らが表していた。

 明るい碧だった石は、皓と恭の血液に因ってその身を紅く変え、鈍く暗い光を放ち続けている。

「キュッ!」

アビが小さく鳴いて、紅に染まった首輪を口に(くわ)えると、遙の胸元にポトリとそれを落とし込む。

 周囲が固唾(かたず)を飲んで見守る中、鈍い光を放つ紅い色は遙の素肌に触れた途端、流れる様に急速に融け、元の碧色へと変化する。


「う……ん」

 遙の色を失った唇が僅かに開き、閉じた瞼が、繊細な(まつげ)が、微かに揺れる。

 紙のように白かった頬に急速に赤みが差すと、程無く遙は、ゆっくりと意識を取り戻した。

「……皓……恭……?」

 (しばら)く空を彷徨った視線が己の胸元を捉えると、遙は酷く辛そうに、一瞬硬く眼を閉じた。

「……私は……」

 何かを言いかけて口を(つぐ)んだ遙は、瞭がいつも知る、強い遙ではなくて。

 瞭は始めて見る、遙の弱く、傷ついた表情に、何故か自分の事のように鋭く胸が痛んだ。


 けれど一つ息をついて、再びしっかりと眼を見開いた時、遙の表情は普段通りの強い印象そのもので。

 皓と恭はそんな遙を見て、何故か少し寂しそうに微笑んだ後、まだ少し足元が覚束ない遙に、手を添えて立ち上がらせた。

「アビ」

 足元に心配げに()り寄って来たアビに遙が気を取られた瞬間、遙のその華奢な身体を皓と恭は何も言わず、ただ(はさ)んで抱き締める。

「!!」


 その突然の行動に、遙は反射的に二人を見遣るが、皓と恭の表情に気付いて眼を伏せた。

 彼等に予想以上に心配をかけてしまった事が、抱き締めた腕の強さを通じて、(じか)に遙に伝わって。

「……悪かった」

 愛想の欠片も感じられない、短い遙の言葉。

 けれど身体を通じて伝わる、遙の本当の気持ちが、皓と恭には充分感じられて。

 その余りの不器用さに、皓と恭は心から微笑んだ後、どちらからともなく、遙を解放した。

「……帰ろう」

「ああ」

「だね」




 三人の絆に容易に割り込む事も出来ず、一人為す(すべ)もなく見上げていた空が、何故か不意に水面のように眼に映って、

瞭は幾度となく自分の眼を(こす)り続けていた。

(イエンの様子がおかしい……?!)

 先刻まで陽光で溢れていた空は最早何処にも無く、程なくポツン、と何かが瞭の頬に当たった。

「雨……?!」

 瞭の呟きに、連られたように空を見た皓と恭が、同じ様に空を見上げた遙を慌てて促す。

「急がないと、遙ちゃん」


 イエンの魂が全て解放され、結界が意味を成さなくなった現在、偽りの空はその姿を消し、真実の姿をその場に(さら)け出そうとしつつあった。

「不味い」

 時間が無いから急いで! と叫ぶ恭の言葉に、眉を寄せて頷いた遙が、瞭を手招きする。

「瞭、こっちへ!」

 まだ苦しそうな遙は、それでも無理に笑顔を浮かべると、近付いた瞭を片手で抱き上げた。

「眼を閉じて、しっかり私に掴まっておくんだよ」

「遙!」


 今迄通り、普段の瞭なら、僕は子供じゃない! と意地を張り、遙の腕から逃れよとしただろう。

 けれど……。瞭は大人しく遙に従うと、その細い首に自らの腕を絡ませる。

「瞭……?」




 遙の柔らかい腕の中、瞭は考えていた。

 結局、どう足掻いたところで自分はやっぱりまだ子供だと思う。

 一人前には程遠い事が、今回の事件を通して充分過ぎるほど認識出来た現在(いま)、突っ張るのはもう止めよう、と。

 厚意を無にする態度は、自分ばかりか周囲をも傷つけると、遙は言っていたのだから。

 ……先ずは素直に心を開いて、皆に甘えるところから、信頼関係を築き直してみよう。

 僕にとって、師匠や恭、そして遙は誰よりも大切な…………そう大切な家族、なのだから。

「…………早く屋敷へ、皆で家へ帰ろう、遙」


 今までと違って、遙の気持ちに素直に応える瞭の態度に、誰もが心の底で安堵する。

 イエンでの出来事は、瞭の心の中の、『何か』を変えることに、どうやら成功したらしい。

 いずれ(いや)でも人は、大人になる時が必ず来る。それが例え瞭であろうとも、例外は無い。

 素直に甘えられる子供時代は、独力で何もかも乗り越えていかねばならない、その後の人生と比べ、余りに短い。

 ――人の(ことわり)から外れた生ならば尚の事、独りの時間はどれほど長い事だろう――


 胸の内で、皓は独り考える。

 多分俺はまだ幸運だったのだろう、と。

 幼馴染で、頼もしい腕前の親友がいて、命を懸けても良いと思える遙の傍に立ち、自分を慕う大勢の仲間にも囲まれている。

 一番叶えたい望みは生涯手に入りそうも無いが、これ以上望むのは贅沢すぎるだろう、と。

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