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痛嘆(53)

「私……私は……」

 眼を閉じて胸の中で反芻(はんすう)する確かな想い。それは直ぐに綺菜の唇をついて溢れ出した。

「私は理不尽に奪われる命を自分で終わりにしたかった。生贄を捧げるしか無かった、弱い立場の人達を守りたかった。

 そしてこの土地に縛られ、奇跡を願う事でしか生きられない人達に、違う生き方も有るから大丈夫だよ、と教えてあげたかった」

 全ての村人が(うれ)い無く、平和に暮らしていく為にはどうすれば良いかだけを、毎日ひたすら考えていた。


 その想いを叶える為には。

 いっそこの地からイエンさえ滅びれば、問題は解決すると思い込んだ。

 頼るべき土地そのものが消えてしまったら、皆で協力して一から復興するしか方法はない。

 ……だから、願った。

 綺菜が本当に消してしまいたかったもの。


「……それはイエンそのものであって、決して村人ではなかった筈だね」

 限りなく優しく、そして穏やかな遙の声音に、何故か綺菜の胸が締め付けられるほど、哀しくなる。

 あの時、來の瞳越しに見えた、無残な両親の死。哀れな妹の最期。

 衝動的な怒りに支配されていた、あの一瞬に限れば、私は確かに村人の死を、そして遙の死を、願った。

 例え來に操られていたとしても、感情のまま遙を傷つけ、殺そうとした事実は消えない。


『だからこんな風に貴方に庇って貰える(いわ)れは、私には何一つ存在しないのに』

 何か否定の言葉を口にしようとした綺菜を、その必要は無いと、遙は無言で(いさ)めて言葉を継ぐ。

「ただ結果を焦りすぎたお前は、願う方法を間違えた」

「……それは綺菜の死と引き換えに、イエンが以前の状態に戻る事を恐れたから?」

 僕の言葉にゆっくりと、遙は頷いた。


 最期の日、自らの死を覚悟した綺菜の胸中で、いつしか願いは絶望へと姿を変えていた。

 恐らく綺菜は、自らの命がここで消えてしまったら、現在(いま)までの行動も、想いの全ても、何もかもが消えててしまう、

そう考えたのだろう。

 確かに綺菜達が村人に対して(おこ)した行動は、現在はまだ小さな波紋を生むだけで精一杯だ。

 けれどイエンを変えたい、村を本来の正しい道へと戻したい。

 この想いがお前達の心から消えない限り、親から子へ、子から孫へと進化を遂げながら、その想いは賛同した全ての人間を巻き込んで、

確実に受け継がれていった事だろう。


 そして……願わずとも、遠い未来にいつか必ずイエンは、奇跡に頼り過ぎない正常な村へと、生まれ変わった事だろう。

 人の想いとはそれ程強く、一度結わえられた絆は、限りなく続いていくのだから。


「でなければ志半(こころざしなか)ばでは、人は誰も死ねない事になるだろう?」

 心の中に一度でも芽生えた思いは、そして実際に興した行動は、中心人物である綺菜が、例え死を迎えようとも、

無に帰す事は決して無い。

「想いは必ず正しい未来へと繋がって往く。その為にお前達人間は限りある命を持って、此処に生まれて来ているのだから」

『私達がイエンに生まれた事は、きっと何かしらの意味が有るはずよ』

 ……それは未来へとその想いを繋いで行く事。いま始めて本当に理解できた自らの言葉。

 心に深々と染み込んできたその言葉の意味に、涙が止まらない。


 泣き出した綺菜を見て、遙は安心したように更に深く微笑むと、囁くように綺菜に告げた。

「けれどお前には随分と辛い目に遭わせてしまったね。……私を許してくれるかい?」

 遙の予想外の言葉に、綺菜の瞳が更に大きく見開かれ、見る見る涙がそこを覆い尽くした。

 ……謝らなければいけないのは、許しを請わなければいけないのは、……私なのに。

 一歩間違えれば貴方は私に殺されていたかも知れないのに、どうして貴方は――――

 綺菜の震える唇が自然と言葉を紡ぎだす。


「……ごめんなさい」

 道を(はず)してごめんなさい。皆を傷つけてごめんなさい。

 要や瞭、そして関係の無い沢山の人達を、私は巻き込んだ。謝って済むべき事では無いけれど、本当にごめんなさい。

 嗚咽でとうとう言葉が続かなくなった綺菜を、それまで黙っていた要が優しく抱きしめる。

「俺も。遅くなってご免な」

 しっかりと抱きしめられた人肌の温もりの中で、要の優しい想いが、綺菜の胸を深く打つ。


「……綺菜、人間は独りで生きている訳ではない。何もかも自分で背負う心意気は立派だが、行き過ぎると自分ばかりか、

知らぬ間に周囲をも傷つけてしまう結果になる」

 遙はそっと微笑むと、瞭を見遣り、心の中で言葉を続ける。

『それは瞭、お前にも当て()まるのだよ――』

 まだまだ子供なのに、甘えようとしない、大人びたその態度は、時に周囲を酷く傷つける。


 遙の言葉に耳を澄ませ、心配げに此方を(うかが)う瞭に一つ頷いて、遙は再び綺菜を見遣る。

「……頼られる事によって、己の存在意義を見いだせる者は数多い。また他人を頼る事、信じる事で、

隠された真実が見える場合もある」

「真実……?」

「お前の味方でも、素直に意見を言えない立場の人も、イエンには沢山いたのだよ」


 ……私が見た大地の記憶を、真実をお前に。

 來の偽りの映像に惑わされ、お前が見ようと、聞こうとしなかった真実を現在(いま)、私が皆の変わりに伝えよう。

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