表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/184

悔恨(52)

「泣くな、瞭」

「だって……遙」

 遙はいつも通り僕の頭を優しく撫でると、少し微笑んだ。

「もう大丈夫だから……良く我慢したな」

 痛みと出血で震える腕を(たくみ)に誤魔化しながら、僕を慰める遙の姿に余計泣けてくる。


 泣いてはいけないと、頭では解ってはいるのだけれど、この状況と己の不甲斐なさに、どうしても涙が止まらない。

 仕方なく僕は泣きながら、遙の手当てに懸かる事にした。

「血が……」

 近くで見ると思ったより酷い遙の状態に、僕の全身が訳も判らず震え出す。

「大丈夫だ。直ぐに止まるから気にする必要はない」

 出血が多いだけで、見た目ほど酷い怪我はしていないから大丈夫だよ、と遙が告げる。


 ――こんな状態になっても、まだ僕を気遣う遙に対して、僕は何一つ、出来なかった。

 初めての単独実戦に怯えて、遙を護るどころか、動く事すら出来なかった。

 そんな自分がどうしようもなく悔しくて、情けなくて。泣いちゃいけないのに――――

 遙の言う通りあの時屋敷に帰っていれば……。

 そうすれば僕の所為で、遙がこんな怪我を負う必要は無かったのに。


 後悔が僕の胸の中に波のように次々と押し寄せて来て、涙が(あふ)れて止まらない。

「それより瞭、頼むから泣くな」

 見かねた遙の、細くて白い指先が、そっと僕の涙を(すく)い取る。

「……うん、ごめんなさい」

 遙に重ねて乞われ、僕は顔を乱暴に拭うと大きく息を吸い込んで、取り敢えず気持ちを落ち着かせる事に集中する。

「吸って……吐いて……」

 遙の言葉に合わせて何度か深呼吸を繰り返す内に、(ようや)く僕の涙が止まった。


 同時に全身に走っていた細かい震えも止まる。そんな僕の様子に安心したのか、

「つっ!」

 大木の根元に力なく座り込んでいた遙が、不意に立ち上がろうとして、苦痛の呻き声を小さく上げる。

「遙!」

 慌てて支えた僕に、遙は決まり悪げに笑って見せたが、その顔色は限りなく白い。

「済まない瞭。……私を立たせてくれるかい?」

「動いちゃ駄目だよ!」


 足元が覚束(おぼつか)ない、そんな状態の遙がこれ以上動くのは、どう考えても自殺行為だ。

「駄目! これ以上動いたら本当に遙が死んでしまう!」

「――綺菜と話をしないとね」

 僕の必死の攻防に、やんわりと遙の言葉が命令口調に変わる。

「瞭、お前には私の言葉が理解出来ていないのかな?」

 遙は柔らかな外見上の印象に反して、実は一度言い出すと絶対に後には引かない性格だ。

 周りがどんなに心配しても、一向にお構いなしだから始末に悪い。

 けれど何より遙の真剣な表情に負けた僕は、渋々遙を支え大木にそっとその背中を預けさせる。


(僕の身体がもう少し大きかったら、僕自身がちゃんと遙を支えて上げられるのに)

 複雑な思いで僕は遙の様子を慎重に観察する。

 気丈に振る舞ってはいるけど多分、本当は凄く苦しいのだろう。普段と比べて遙の呼吸は随分と速く、熱い。

 心配げな僕の視線に気付いた遙は、ゆっくりと微笑んでから、小さく大丈夫だよと囁いた。

 そして自分を叱咤(しった)するように大きく深呼吸してから、こちらを(うかが)っている綺菜を改めて直視する。


「綺菜」

 ビクン、とバネ仕掛けの人形のように、綺菜が遙の呼び掛けに反応する。

 自分の起こした一連の出来事に対して怯えている綺菜の顔色は、遙と同じ位、真っ白だ。

「悪いが、もう少し此方へ来て貰えるかな」

 私が歩くのは流石(さすが)に無理そうだから、と微笑む遙に、綺菜の顔が一瞬、泣きそうに歪む。


 


 『私は一体何て大それた事を仕出かしてしまったのだろう』厭でも遙の状態が眼に映る。

 綺菜は自分が取った一連の行動を、冷静になった時点で誰よりも客観的に理解していた。

 だから激しい後悔と、消えてしまいたい程の罪悪感に、どうしても綺菜の脚は竦んで動けない。

「大丈夫だよ、綺菜。遙は綺菜を責める気は無いから」

 要がそう言いながら、綺菜の震える手をそっと握ると、そのまま遙に向って歩き出す。

 一歩ずつ地面を踏みしめる度に、綺菜の瞳から堪えきれず、大粒の涙が一粒ずつ、同じ様に地面に落ちて消えていく。


 それでも綺菜はいつもの通り、決して泣くまいと、奥歯を必死で噛み締めていた。

 哀しいけれど泣いたところで何も解決しない事は、今までの経験上、厭と言うほど、綺菜は知っている。

 それに自分が仕出かした事は、最早泣いて済まされる程度の問題ではない、という事も。

 綺菜はきちんと全てを冷静な視点で、認識できていた。


 要に連れられて(ようや)く遙の前に立った綺菜は、僕から見ても随分と複雑な表情をしていた。

「――やっと、逢えたね。最後の巫女に」

 罵倒される事を覚悟していた綺菜は、遙の思い掛けない言葉に耳を疑う。

「貴方は――」

 声が震えて言葉が続かない。この人はどうして私を見て微笑む事が出来るの――?

「……私が貴方にした事を、どうして貴方は責めないの?」

「お前の意思に反して行動した事に、お前自身が気に病む事は無いだろう?」

 何事も無かったような落ち着いた遙の物言いに、綺菜は反射的に要を見遣って、頷かれる。


「俺も、綺菜はもういい加減自分を責める癖は、止めた方が良いと思うぜ」

「どうして……?」

 要の身体は私の所為で全身傷だらけなのに、何故私を見て、普段通りに笑ってくれるの――?

 皆のその優しい心が伝わってきて、思わず声を上げて泣きそうになるのを、再び綺菜は寸前で(こら)える。

 必死で泣くまいと我慢する綺菜の様子を見た遙は、軽く溜息(ためいき)をつくと、綺菜に再び話しかけた。

「綺菜。お前の本当の願いを私に教えてくれないか」


 私が本当に叶えて欲しかった願い? それは……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ