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変貌(43) 〜瞭視点〜

一部残酷描写が有ります。

 ――決着は簡単に付く筈だった。

 事実、遙の手はもう綺菜の心臓の上に在って、後は力を放つだけだったから。

「哀れな死せる魂よ。罪深きその魂で、(あがなう)うべき地の門を開け……」

 ゆっくりと遙の唇から詠唱が始まる。完全に遙に魅了されている綺菜には、現状が理解出来ないのだろう。

 ただ惚けた様に遙を凝視し続けている。

 僕はもう何度となくこの光景を眼にしてきたから、遙が行う浄化の方法はわかってる。


 いつも通り遙の髪が風も無いのに揺らりと舞い、上へ上へと立ち昇る。

 そして遙の左手に白く明るい、暖かな光が集まり始めて。

 多分、綺菜は苦しまない。それは理解している。けれどこのまま綺菜が消えてしまったら、要はどうなるんだろう?

 遙の詠唱が続いている。もう少しで魂の浄化が終わってしまう。

 そうしたら綺菜の肉体は本来の在るべき姿へと還り、魂はその罪の重さに見合った世界の扉に向って、歩み出す筈だ。

 それが正しい道だと頭では解ってる。

 だけどたった2人だけで、寄り添って支えあって生きてきたのに、唐突に綺菜が(遙が)居なくなってしまったら要は(僕は)一体……?


「駄目――!」

 思わず駆け寄った僕に一瞬、――そう、ほんの一瞬、遙の気が逸れたのだろう。

 反射的に僕を見遣った、遙の鮮やかな朱い瞳が微かに揺れて、遙本来の濃い碧がその朱に僅かに混じる。

 僕がその意味を知るより早く、また綺菜が魅了の途切れたその瞬間を逃す筈も無く――

「――つっ!!」

 全ては一瞬の出来事だった。

 僕の眼に映ったのは遙の身体に深々と刺さった、綺菜の鋭利で長い鉤爪と、そこから流れ出る、大量の紅い色。


「遙っ!」

「さすがよね。この距離なのに心臓は掠らせてもくれないなんて」

 遙の身体に更に深く鉤爪を潜らせながら、綺菜が薄く笑う。

「……そっちこそ……伊達に……あいつの血は飲んで無い訳か……」

 切れ切れに、それでも微笑み返した遙の唇から、咳と共に紅い糸が滑り落ちる。

「避けても良かったのに。私達の命はどうでも良い貴方でも、身内の命は大切なの?」

 綺菜がチラリと僕を見ると、残酷に微笑んだ。


 綺菜が発したその言葉の意味は、僕をその場に凍り付かせるには充分過ぎて。

 ――僕の所為で、僕が不用意に遙に近付いたから。僕を(かば)って遙は――!

 遙の視線がいまにも泣き出しそうな僕を捉えると、遙は僕に向かって少し微笑んだ後、途切れがちに言葉を(つむ)ぐ。

「庇ったつもりは無い。……咄嗟だったし、偶然だ。それに言った……だろう。瞭には手を出すな……まだ……幼い」

 僕達の様子を伺っていた綺菜が、遙の言葉に不意に壊れたように笑い出した。


「大切にされて幸せね瞭。……でも安心しなさい。すぐに後を追わせてあげるから」

 顔も、声も、いつも通り普段の優しい綺菜のままで。

 けれど遙の返り血を浴びたその歪んだ笑みが、僕の知ってる綺菜では在り得なくて。

「綺菜……」

 声が……そして身体が、僕の意思とは関係無く、震える。背筋を駆け(のぼ)るのは、純粋な恐怖心だ。

 綺菜が怖い。怖くて(たま)らない。

「子供を(いじ)めるのは……趣味が良く……無いな」

 さすがの遙も息が上ってるのだろう。言葉の間にゴホッと湿った音と新たな血が混じる。


「随分強気ね。……これでもまだ笑えるかしら?」

 自らに刺さった綺菜の腕を掴む、遙の力が弱いとは思えないのに、まるで粘土か何かの様に、意図も簡単に、

綺菜の黒い鉤爪が遙の身体の中に、吸い込まれていく。

 沼地を掻き回す様な音にブツンと何が切断されて行く音が僕の耳を打つ中、綺菜の爪が、遙の心臓を目指して、

更に上へと深く潜り、手首までもが遙の華奢な身体の中に埋められていく。

「――っ!」

「苦しい? 叫んでも良いのよ」


 綺菜はゆっくりと微笑むと、最早自力で立つのも困難な遙の身体を、まるで愛しい者を抱くかの様に、優しく引き寄せる。

 お互いの息が感じられるほど顔を寄せて、自らの紅に塗れてもなお、崩れる事の無い、完璧に整った遙の(かお)を、

そして全身を、うっとりと(なが)め廻す。

「叫べば貴方の声も、あの人に届くかも知れない。私達の祈りを聞かなかった貴方と違って、

慈悲深い彼ならもしかして貴方の様な神でも、助けてくれるかも知れない」

「……」


 遙の震える右手が、崩れ落ちそうな自身の身体を支えるかの様に、綺菜の左肩に(すが)りつく。

 が綺菜はその手を振り払おうともせず、まるで熱に浮かされたかの様に、遙の苦痛に歪む顔を凝視したまま、言葉を続ける。

「深い絶望の中で、彼だけが私を救ってくれた。望む通りの願いを叶えてくれた。今迄の祈りは無駄では無かったと、

彼を見た瞬間に理解できたわ。何故なら彼こそ、私達が求める真の神だからよ!」


「……私は……」

 何かを呟こうとした遙の声は、喉を競り上がって来た大量の血液に居場所を奪われ、音となる前に、掻き消えてしまう。

「もう少しで心臓かしら。……ねぇ神様でも死ぬの?」

 綺菜の言葉と共に(ひじ)までが遙の身体に()じ込まれた瞬間、遙の眼が限界まで開く。

「さようなら。……ただ綺麗なだけの無力な神様」


「――!遙っっ――!」

 嵐の様な爆風と閃光が、綺菜と遙の間に起こったのは、僕の絶叫と殆ど同時だった。

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