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遡行-02 (42)

 ――だけど其処からが問題だった。私達の『力』は少量でも彼等を狂わせ、壊した。

 何度も何度も試行錯誤の結果、身体が小さければ小さいほど壊れる確率が低い事が判明した時、

止むを得ず私達は彼等の胎内に直接、『力』を植え付ける方法を採る事にした。

 本来の彼等の肉体や精神は弱すぎて私達の『力』に耐え切れない。

 そこである程度その肉体と精神が『力』に耐えられる様、彼等との間に子を設ける事にしたのだ。

 彼等はその子供が自分達夫婦に授かった我が子だと信じ、大切に育てる筈だろうから。


 だが事態は容易には進まず、(ほとん)どの赤ん坊は母親の胎内で正常に育つ事なく、只の肉塊として、この世に出てくる物体と成り果てた。

 ごくごく(まれ)に、無事に子供が生まれる事も有ったが、ここに思わぬ誤算が生じた。

 驚くべき事にその子供達は、私達が初期に『力』を授けた以上の能力を、生まれながらに発揮したのだ。

 そして一般の人間と比べ彼等の寿命は極めて長命で、成長も遅く、私達と同様に『力』を、自分の為に使う事も出来た。


 明らかに自分達とは異なる能力を宿す子供の存在に違和感を覚え始めた人間は多く、場合に依っては此方が回収する前に、

畏怖に対する恐れから闇に葬りさられる子供も出てきた。


 ……これでは『力』を植え付けた意味がなくなってしまう。

 焦った私達は無事誕生した子供達が生き延びられるよう、人間に贈り物を授けたと告げた。

「信仰の厚いお前達に、私達の力を持った子供を贈り物として授けよう」

 それまで限られた場所でしか人間と接触しなかった私達は、この発言を機に、彼等の前に積極的に姿を現し

『力』を得た子供達を回収することに全力を費やした。


 私達が(じか)に足を運びその子等を回収する事で、彼等は特別な存在だと、周囲に認識させる必要が、有ったからだ。

 その甲斐有ってか、能力を持って生まれた子供等は、いつからか人々の間で贈り物=卵=と呼ばれるようになり、

やがて忌避される存在から敬われるべき存在へとその位置を変えた。


 そして広くその存在を認知されるにつれ、回収せずとも彼等は暮し難い下界から逃れるように、ある程度まで育つと

自然と私達の(もと)に集うようになった。

 私達はその能力の為に周囲から孤立し『力』故に他の人間から(うやま)われ、或いは(おそ)れられていた彼等に、

拒むことなく居場所を与え、手元に置いて育てる事にした。

 無論その食糧が無事人として生を終えるのを待ってから、強大になった我が『力』を摂取する、ただその為だけの理由で――


 


 けれど何時からだったろう、彼等を摂取する事に、遙自身が耐えられなくなったのは。

 人間は確かに愚かだし、弱い生き物だと思う。何かにつけて奇跡に頼ろうとし、平気で生贄と称し、同属殺しを行う。

 だが直ぐ傍らで小さかった子が育ち、笑い、泣き、成人し、やがてその短い一生を終える時、私は何故こんなにも深い喪失感を

覚えるのだろう。

 來や遙から見れば、ほんの短い一生を終える生き物でしかない人間という名の種族。

 ――けれど彼等はどうして満足そうに生き、死んで逝くのだろう。

 死後、その身体が私達によって喰される事が解っていても、何故穏やかに微笑んで、共に暮らせた事に感謝しますと、

礼を述べるのだろう。


 彼等の感情は計算出来ぬ事が多すぎて、遙は戸惑いを覚えつつも、その思考にいつしか深い興味を、そそられた。

 本能だけで動く彼らは、時に信じられぬほど愚かで、時に信じられぬほど賢く、遙を驚かせた。

 彼等を間近で観察する事はとても楽しく新鮮で、時に同じ様な失望と希望を繰り返す様は、見ていて()きる事が無かった。

 そして或る日、いつもの様に命数が尽きる老いた人間から、与えた『力』を回収する為に近付いた際、

弱り果てた彼を前に、遙は始めて自分の頬が濡れると言う現象に、遭遇した。


「これは、何?」

 訳もわからず溢れ出た涙に、慌てふためく遙を見て、老いたその人間はいつもの様に、心から優しく微笑んだ。

「それは悲しい、と言う意味ですよ」

 ほんの小さな時から絶えず遙の周囲を離れなかったその老人は、涙と言う物が何かを遙に教え、遙が人間を亡くした後に感じる気持ちは、

喪失感では無く、悲しいと言う気持ちだと伝えた。


「貴女が学ばなければならない事は、この世にまだまだ沢山有ります。私達人間が、貴女にそれを教える必要が有るでしょう」

 それを皮切りに、以後遙は何代にも亘り、彼等から感情と言う貴重な贈り物を沢山貰った。

 長い時間を掛けて繰り返し、また有る時はその意味を変えて、彼等から絶え間なく続く贈り物は、少しずつ、

だが確実に遙の中に何かを芽生えさせた。


 感情豊な彼等を最早食糧として摂取出来なくなった遙と、必要以上に彼等と接触しない來との間に、彼等の処遇を巡って次第に温度差が生じ、

その事が二人の関係にしばしば要らぬ軋轢(あつれき)を、生み出す原因になり始めた。

 こんな無駄な軋轢(あつれき)は解消したい、と二人の間で何度も議論をぶつけあい、長く辛い永遠にも思える話し合いの末、

折れたのは意外にも來の方だった。


「……では次で最後にしましょう」

 來は此方の意見をある程度予期していたのだろうか? 

 全ての事象に対し、相反する立場だった筈の來は、不思議とその後、()したる反対もせず、すんなりと遙の意見に同調してくれる様になった。

 身勝手な私に黙って尽くしてくれる、そんな來の真摯な態度に、遙は自分の行いを反省し、いつしか來に再び心を許す様になった。


「これだけしか無いが」

 遙は繁殖が担当だった來に、最後だからと()われるまま、保存してあった二個の『力』を、預けた。

 來に『力』を預けたのは、互いの思想が平行線だったにも関わらず、遙の意見を快く聞いてくれた來に、形だけでも最後の意思を尊重して、

敬ってあげたかったからだ。

 それにたった二個では、現在迄の研究結果を(かんが)みて、確率的に子供が生まれる筈が無いだろう、と遙自身が安易に考えたからだった。


 ――だが、幸か不幸か、來は『力』の種そのものを、複製する事に成功したのだ。

 大量に増産した其れを大勢の母体に植え付ければ、生まれる子供の確立も自然と増える。

 当然、餌として摂取出来るまでに成長する人間の確立も、また上昇する。

 ――來は極秘の内に複製作業を繰り返し、私には新たな食糧を開発する事が出来たと、嘘をついた。


「そう。……來は餌となった人間の死を待つ事なく、摂取出来る状態になった時点で彼等を殺し、

加工した上で、私に食べさせ続けていたのだよ」




「私は、來を(ゆる)さない」

 いまなお、同じ方法で人間を摂取し続ける來を。

 そして來を信じ、罪なき命を奪い、喰していた自分自身を、遙は何よりも赦せないからだ。

「瞭はこんな私でも、傍に居たいと思うのかい?」

 苦しそうに呟いた遙は、契約は瞭が厭になった時点でいつでも破棄出来ると告げ、(うつむ)いた。

 そんな遙に僕の答えは最初から決まっていて――




 遙の告白を全て聞いた後でも、僕の意志が変わらない事を、遙は感じ取ったのだろう。

 改めて確認することも無くあの日以来、遙は拒絶反応が起きない様に、何年も何年も掛けて、少しずつ僕の体に『力』を

注ぎ込み続けている。

 僕は遙のこの『力』がどういった形で、また遙の中の何が『力』として変換しているのかは、知らない。


 そして『力』を分け与えると言う行為の意味を正しく知ろうとしなかった事を、後に激しく後悔する事になるとは、

その時の僕は考えもしなかった。

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