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遡行-01 (41)

 何時もの様にノックも無しに扉を開けるなり、來の癇癪(かんしゃく)が始まる。

 此処の所ほぼ毎日だ。

 いい加減ウンザリしていた遙は、不機嫌な表情を隠す事なく、黙々と作業を続ける。

「何か良い手を考えないと」

 何の説明も、何の前置きも無しに、來は最早日課となりつつ有る、同じ台詞をまた口にする。

「此の(まま)では(いず)れ俺達のエネルギーは尽きてしまう。だろう」

 すっかり覚えてしまった彼の言葉を口にする。


「そんな事は言われなくても解っている。頼むから船の図面を構築している最中に、横から邪魔をするな」

 空中に設計図を起こして計算している最中だった遙は、來の顔が図案に入り込んだ様を見て、溜め息ついでに左手を一振りし、

設計図を掻き消した。

 この会話は昨日今日に始まった話では無い。

「無駄ですよ。船は修理不可能だ。俺だって何度も計算してみたんだ」

 その吐き捨てるような物言いに、思わず遙の感情が高ぶる。

「……っ! 一体誰の所為で船が壊れたと思っている!」

「……」


 凍りついた様な沈黙の中、お互いの荒い息遣いがこの場を支配する。

 ……どうして何時もこうなるのか、遙には解らない。

 知性に溢れ、いつも冷静な判断を是、とした筈のこの男を一体何が変えてしまったのか?

 身だしなみさえ一向に構わず、清潔で短かった來の銀髪も、いまや肩まで無造作に伸ばし放題だ。

 それでも能面の様な表情になった來を見て、言い過ぎを知った遙は、取り成す様に軽く咳払いをすると、來に謝罪した。


「済まない。この話には触れない筈だったな」

 思わぬアクシデントの所為でこの惑星に降りてもう何十年経ったのか。それとも何百年か。

 それすら判別出来ないくらい長い長い時間が過ぎた。長命とは言え、私達にも命数は有る。

 五人いた仲間も不幸な事故が重なって一人二人と減り、いまやこの男と私の二人きりだ。

 わざわざ過ぎた出来事で、しかも今更仲違いする必要も有るまい。


「それより食糧問題はどうなった?」

 備蓄して有った食糧は極僅かで、底をつくのもこのままでは時間の問題だった。

 私は船の再構築を。お前は食糧を。いつともなしに決めた、お互いの役割分担。

「……その事ですが。……奴等を使って食糧を作りましょう」

 沈黙の間に僅かでも理性が戻ったのだろう、普段通りに落ち着きを取り戻した來を、遙は嫌な予感と共に、凝視する。

「ええ。俺達が生きて行く為にはそれしかもう方法が無い」

「お前……まさか」

「そうです。俺達だって『力』を補給しない限り(いず)れは滅びる」


 來の言わんとしている事を、遙は直ぐに理解した。

 何故なら不時着当時、直面した深刻な事実の打開案として、馬鹿げたこの方法を、自分でも一度ならず考えた事があるからだ。

(しか)し彼等には、私達に必要な要素は何一つ存在していないぞ」

 遙達の食糧はこの星の彼等のそれとは大きく異なり、役割自体も全く違うものだった。

 自分達にとって食糧とは『力』となり、ありとあらゆる能力を(まかな)う上で、欠かす事の出来ない、最も大切な要素だった。


 当初食糧問題について遙は、この星の物質を加工すれば良いと楽観的に考えていたので、突きつけられたこの現実に、大いに戸惑った。

 更に絶望的な事に慌ただしく行った追加調査の結果、遙達が必要とするその物質は、この星に現存する数多(あまた)の生き物全てに、

含まれていない事が判明したのだ。

「聞いて下さい。先ず奴等の体内に拒否反応が出ない程度に、俺達の純粋な『力』を注ぎ込みます。

 そしてある程度順調に『力』が育った時点で、奴等を喰えば良いかと」


 來の言う奴等が、この惑星に生息する人間を指す事は、長い付き合いで良く理解している。

「大地に種を蒔いていると考えれば良いですよ。実際、奴等の体内で『力』を育てる訳だし、(あなが)ち間違いでもない」

「彼等の身体を使って培養させると言う事か?! ……有り得ない」

 現地の人間を私達が生きていく為に作り変える?そんな方法は間違っている。

 それに何もかもがまだ未成熟な人間達に私達が接触すると、どんな影響を与えるのか予測が付かない。

「ですが計算上、彼等の体内で『力』を育てるのが最も効率良い方法です」

 思わず來の正気を疑った遙は、彼の冷静な表情を目の当たりにし、來が狂ったわけでもなく、増して冗談でも無く本気で、

この意見を述べている事を、悟った。


「……だが」

「だったら他に何か良い解決策でも有るんですか!」

 黙り込んだ遙の態度に業を煮やしたのか、激しい怒りの感情が又しても來を支配する。

 けれど元来、自らの生に執着しない遙には、來の怒りがいまひとつ解らない。

「このまま、ここで! 貴女が朽ち果てていくのを俺に黙って見てろとでも言うつもりですか! 

 何度も言っているように、俺が助けたいのは貴女だけだ! 貴女を助ける為ならば、俺は何だって犠牲にする!」

『……何故貴女には、そんな簡単な事が解らない?』


「私は……」

 特殊な環境下で育成された遙は、他人の感情は計算出来るもの以外、すべて理解不能だ。

 此処のところ來が口にする「愛」と言う感情も、自分達が生き延びる為とは言え、平然と他に犠牲を強いる事が出来る感情も、

実は良く解らない。

 そして何故來が、自分よりも遙の延命を優先させるのかが、遙にはどうしても理解できない。

 遙の不思議そうな表情に、諦めたような來の深い溜息が重なる。

「……俺は一人でも実行しますよ」


 一度言い切った來を止めるのは困難なうえ、考えを改めさせる事も経験上不可能に近いことを、遙は認識していた。

 黙殺を黙認と取って一人で事を起こされては厄介なので、遙は(しば)し考えた後、条件付きで頷くことにした。

「確かに生きる為には最早その方法しか道はない。……だが条件が一つ有る」

「何です?」

「培養した『力』の回収方法だ」

 怪訝な顔をしつつ、自分の意見が通った事に嬉しそうな來にしっかりと釘を刺す。

「『力』が有る程度溜まっても、勝手に彼等を摂取しないと誓え」

「!」

 思っても見なかった条件を出され、素直に驚愕(きょうがく)の色を浮かべた來は、次いで唇を噛み締める。


「人間は私達に比べ遥かに短命なのだから彼等の死の直前迄『力』を摂取するのを待った処で、殆ど影響は無い筈だ」

「しかし!」

「私達が人間の生に干渉するのは、論外だ」

 反論しかけた來の意見を右手で遮り、異論は認めないと言う意志を遙は自らの瞳の色に乗せて、來を(かんが)みる。

「この条件を飲まなければ、私は承諾しない。……どうする?」

 暗に承諾しなければ実力行使を以って従わすまでだが、と言外に含ませると、遙の瞳の色に(おのの)きを感じたのか、

來は眼を逸らし、渋々了承した。


「……解りました。では早速、餌を作る準備をしてきます」

 一刻も早く遙の瞳の呪縛から逃れたいのだろう。慌てた様子で部屋を出て行こうとした來は、遙に背を向けたまま、

思い出したように、最後にこう付け加えた。

「ああ、それと餌には貴女と俺のマークを付けましょう。お互いの餌を区別する為に」

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