表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/184

想い(40)

「けれどお前が望んだのはこの村を壊滅させる事」

「……見たからよ」

「?」

「だって私は見たからよ。躊躇いも無く両親を殺した村人の姿を。それだけじゃない。

村の為に犠牲になった幼い妹の亡骸を、まるでゴミか何かの様に村外れに捨てるのを!

そして私が亡き後は、要さえ殺す予定だったあの人達の姿を!」


 抱き寄せられ、來の闇よりなお深い瞳に覗き込まれたその時に、綺菜には全てが見えた。

 村人達の数々の非道な行い。

 そしてそれが視えている筈なのに、視えぬ振りを続けている、憎き我が神……遙、貴方の存在が!


『『―――― 決して許さない! ―――― 』』


 綺菜の心からの叫びに、あの日もう一人の神で在る來は応えてくれた。

『そうだ許してはいけない。そうだろう? 彼等は責任を取らなければならない』

 綺菜の頬を両手で挟み、深く視線を絡ませ、恋人に囁く様な優しい声音で來が続ける。

「何を望む?」

 誘うような柔らかな笑み。その微笑がもっと見たくて、綺菜は來の望みを必死で探る。

 彼が望む返事は何だろう? 多分……きっと私と同じ筈。


「この村と、遙に永遠の苦しみを」

『……その願い確かに叶えよう』




「こんな村も、何も叶えてくれない貴方も要らない!」

 吐き捨てた綺菜の体の周りから、ゆるりと何かが立ち上り始める。

 これまでの綺菜とは違う、何か異質な気が急激に綺菜自身を取り囲んで広がって行く。

「……綺菜。お前が其処まで苦しいのは私のせいなのか?」

 そんな綺菜の様子に動じる事無く、けれど少し悲しみの混じった遙の問いかけに、綺菜が答えるより早く

瞭の口から勝手に言葉が紡ぎ出された。


「綺菜は間違ってる! そんな事をしなくたって、いつも遙は苦しんで傷ついてる!」

「瞭!」

 制止する遙の声も無視して僕は続ける。

「僕達は救える命は可能な限り救いたい。叶えられる望みは可能な限り叶えたい。けれど何の努力もしないで、

唯願うだけの望みを叶えるのは、絶対に無理だ!」

 僕の言葉に一瞬綺菜の顔が泣きそうに歪む。

「努力ならしたわ! 私たち唄い巫女は、貴方達に命さえ捧げたじゃない!」

「そうじゃなくって!」


 くやしくて。どうしても解って欲しくて。僕の瞳に勝手に涙が(にじ)む。

「綺菜だって本当は解ってる筈……」

 尚も言葉を続けようとした僕の目前に、綺菜との間を遮るようにして、不意に遙が立ち塞がる。

「瞭。下がって」

「遙?!」

 表面上はいつもの遙。けれど緊迫した遙の声に、僕は漸くこの異常事態に気付いた。

 いつの間にか僕達の周りは乳白色の霧で覆われ、殆ど何も視えなくなり始めている。

「綺菜?」

「貴方達さえ居なければ……」


 綺菜の体がググッと前のめりになった次の瞬間、メキメキと骨が折れる音が聞こえると同時に、

背中から禍々(まがまが)しい、そう余りに禍々しい漆黒の羽が、鮮やかに咲き誇る。

 顔だけは綺菜のままで、手足は細く長い鉤爪(かぎづめ)に、体は羽と同じ漆黒の体毛に覆われていく。

「どうして……」

 呆然と立ち尽くす僕に、これ迄一度も見たことも無い様な邪悪な笑顔で、綺菜がゲラゲラと笑う。

「この体を見て! 私は今迄の非力な私と違う。私には力が有る!」

 言葉と同時に猛烈な風が僕達を襲う。余りの突風の痛さに、上手く瞳を開けていられない。

「瞭!」

 遙の声に瞳を開けると、黒い無数の羽が鋭利な刃物となって、僕等の場所目掛けて降り注ぐのが見えた。


『来る』

 感情が、事態の急変にまだ対応しきれない僕は、眼を閉じる事しか出来なくて。

 ――気付くと遙に抱えられていた。

「遙……怪我」

 瞳を開けた僕の瞳に飛びこんで来たのは、遙の綺麗な顔に浅くついた一筋の、赤い傷。

 オロオロする僕に遙は薄く微笑むと、僕を少し離れた場所に降ろし、更に跳躍すると綺菜との距離を、瞬時に縮めた。

「瞭に手を出さないでくれないか。この子はまだ戦ったことが無い」

「遙!」

「私が……憎いのだろう?」


 刹那こんな状況なのに遙が浮かべた微笑に僕も、そして綺菜さえも、その動きを止めて一瞬見惚れてしまう。

 手が届く距離に瞬く瞳は鮮やかな紅で、眼を逸らす事も出来ない。

 ぎこちなく、操り人形の様に頷いた綺菜に、遙は更に艶やかに微笑みかけると、さり気無く後ろ手で僕に

距離を取るように合図する。  

「來の血をどれたけ飲んだ?」

(綺菜が來の血を飲んだ?!)

 遙の言葉に僕は眼を(みは)る。綺菜が?! 一体いつ、どうやって?


 遙や來の体には僕等には無い『力』が宿っていて、その力は分けて貰うことが出来る。

 但しそれはあくまでも一時的なもので、長くは使えない。

 昔、少しでも遙の役に立ちたくて、僕は遙に自分からこの『力』を分けて欲しいと頼んだ事が有る。

 乳母から申し子について大体の説明は受けていたが、師匠達のあの爆発的な『力』の源が、

遙から分けて貰った物だと知ったとき、僕は当然のように、自分もその『力』を分けて貰える物だとばかり思って、

遙に頼み込んだのだ。


 すると遙は、珍しく困った顔をして、僕に色々な説明をしてくれた。

 僕に『力』を分けてしまうと、僕も否応無く遙の辿る運命に巻き込まれてしまう事や、周りの人達よりも成長が遅く、

非常に長命になってしまう事も。

「お前の愛した人達は必ず、お前を置いて先に逝ってしまう。それは凄く(さび)しくて、悲しい事なんだよ」

 と呟く遙自身がとても寂しそうで。

 僕はそんな遙の傍に――――ずっと傍に居たいと願ったんだ。



 元々僕は、遙を信仰している村が飢饉に襲われた際『願い』と引き換えに、生贄として、

遙に捧げられた子供だった。

 僕の命は危うい所で遙達に助けられ、それ以来ずっと遙の傍らで、皆と共に暮らしている。

 僕にとって一番大事な人は遙だし、いずれは師匠を差し置いて、

「自分が遙を護るんだ!」と密かに大きな野望を抱いてたりもする。

 だからどうしても遙の『力』が欲しい。


 けれど大抵の事は僕に甘い遙なのに、今回に限って「駄目だ」の一点張りで、話し合う余地すら、持とうとしない。

 何日も何度も頼んで、それでも聞く耳を持たない遙に対して業を煮やした僕は、強硬手段に打って出る事にしたんだ。

 僕に出来る唯一の手段。

 それは題して『お願い聞いてくれる迄何も食べない・飲まないゾ!』作戦だった。


 最初はそんな僕の決死の覚悟にも無視で応戦していた遙だが、日数の経過と共に、怒鳴ったり(なだ)めたりを繰り返し、

挙句の果てに極度の脱水状態で倒れた僕に、差し出した水まで断られて。

 他ならぬ僕自身を救う為には、遙が頷くしか方法が無いところまで遙を追い詰めた結果、遙の唇からとてつも無く大きくて深い、

溜め息が一つ。

 ……ついに僕は遙に『力』を分けて貰う約束を、取り付けた。


 (もっと)もそれから暫く僕は、ベッドで絶対安静の身となったのだけれど。

 僕が自由の効かない間、遙は色々な事を話してくれた。

 本当は僕が大きくなって、一人立ち出来る様になったら、僕を何処ぞの下界に帰すつもりだった(冗談じゃないやい!)事や、

皓と恭に今回の事で凄く心配を掛けた事。

 ……特に師匠の心配は、大変な物だったそうだ。

 

 そして申し子として遙に仕える以上、どうしても避けて通れない、來と遙の関係について、知っておかなければならない事を。

 遙がその重い口を開いて淡々と語った出来事は、とてつもなく苦い味がする真実だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ