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降臨(39)

「ほらよ」

 唄うことを拒み続ける綺菜の前に届けられたのは、変わり果てた両親の姿だった。

「次は要の番になるぞ」

「意地を張っても、誰も特をしやしないんだから。諦めて唄いなよ」

 冷たくなった両親の首を抱きしめて、座り込む綺菜に次々と無情な声が掛けられる。

 優しかった隣の小母さんも、穏やかな彼さえも、この瞬間に全て綺菜の憎悪の対象となった。


 ――――私に最初から選択肢など無かったのだ。

 閉ざされた祠の中で、村の為などでは決してなく、ただ要を救う為だけに、綺菜は来る日も来る日も空に向って唄い、祈り続ける。

 形だけは、彼等村人が乞うた祈りの唄そのままで。

 けれど天へと届くその祈りは、憎悪に満ちた綺菜の中で、密かに意味を変えて唄われていた。

 ……願わくばイエンへ神が光臨し、彼等悪しき村人を跡形も無く滅ぼしてくれますようにと。



 唄い続けて何日目だったか、意識すら朦朧した綺菜の前に、待ち望んだその男は降り立った。

「娘、お前の祈りの深さ。我に届いたぞ。お前の命と引き換えに、何でも願いを叶えてやろう」

 息も絶え絶えな綺菜の様子に驚く様子も無く、まるで普段の挨拶でも交わす様な口調で話しかけるその男は、

(おおよ)そ自分の人生では触れ合う事も無いような、とても綺麗な、そう神様のような

綺麗な(かお)と声の持ち主だった。

 腰まである、冷たい月光のような長い銀髪と、暗褐色の瞳を持つその男は、疲労から既に

立ち上がる事も出来なくなっていた綺菜の前に、長い脚を折り、優雅に膝をついた。


 彼が此方に向って手を(かざ)した瞬間、鉛のように重かった身体が、嘘のように軽くなる。

「此処は空気が悪い。外へ出よう」

 彼が呟いた、その言葉が終わらぬ内に、硬く閉ざされていた扉は、轟音と共に跡形も無く消え、

地上の空気を狭い内部へ一斉に導き入れた。

「我の名は、(らい)。お前が願った相手だ」

何日かぶりの新鮮な空気を求めて、肺が大きく動く。

 軽い眩暈(めまい)を感じて(かし)いだ身体を、來が自然に抱き寄せた。

 余りに整いすぎて、何処か作り物めいた印象を与える來の表情からは、何の感情も読み取れなくて、綺菜はほんの少し戸惑う。


「我に、願っただろう? お前の命が尽きるその前に、願いを告げるが良い」

「私の命が……尽きる?」

 それでも無意識に來の(かお)に、その完璧なまでの微笑みに、綺菜は見惚れていたのだろう。

 気づいた時にはまるで呪縛されたように來から眼を逸らす事が出来ず、その束縛は甘い陶酔感さえ漂って、

綺菜から考える力と身体の自由を奪う。

 耳元で(ささや)かれた言葉の内容に、それでも僅かに残った理性が、綺菜に危険を告げた。


「全てお前の望み通りにしてやる」

 ひび割れて上手く言葉が発せない綺菜の顎を、來は無理やり持ち上げ、至近距離でその瞳を覗き込んだ。

 來の持つ瞳の色は、綺菜が、村人が待ち望んだ神の瞳の色では無かったが、綺菜にはそんな事なぞ、最早どうでも良い事に思えた。

「何を望む?」

 彼等の死を、イエンの滅亡を、生贄になったあの日から、綺菜はずっと心に願っていた筈だった。

『けれどイエンを滅ぼさない為に、私達は現在まで必死で頑張ってきた筈では無かったの?』

 神を=來=を前にして、迷う綺菜の胸中を、現在までの行いが走馬灯のように駆け巡る。


 私は要を、この村を救いたい。けれど両親を殺した彼等を、この村を私は許せない。


 何もかもが相反する、二つの心が指し示す未来は、果たして一体どちらが正しいのか。

 それが綺菜には判らなくて。焦れたように來が呟く。

「この期に及んで迷うたか、娘」

 あれほど切望した遙は遂に最後まで姿を現わさず、代わりに現われた、來と言う名の男神。

「大事なものをおいて、お前だけが先に逝くのは辛くないのか?

 正しき道を説いたお前が死に、奴等が生きるのは理不尽だとは思わないのか?」

 來が告げた言葉は、(まさ)しく綺菜の中に有る感情で、迷う綺菜の心を激しく揺さぶった。


 ――そうか私は要を置いて先に逝くのだ。大好きな私のたった一人の弟。可哀想な要。

 両親が死んだ現在(いま)、誰も頼れる人が居ないイエンで、一人孤独に生きていかなくてはいけないなんて。

 そうよ、要や私が一体何をしたって言うの――?

「……許せない」

「ならば見るが良い、本当のイエンの姿を」


 ゆっくりと來が綺菜の頬を両手で挟んで、口づけするほど近く、貌を寄せる。

 暗褐色だった彼の瞳は其処になく、驚いた綺菜を捉える來の瞳は、闇より深い紫紺の瞳。

 絡めとられた、と認識する間もなく、來の瞳を通して、イエンの映像が流れ込んできて。

 ――迷いは消え、願いは……決まった。


「娘よ、お前は我に何を望む?」

「……を」

 (かす)かに、けれど確かな意思を吐息に乗せる。

『……その願い確かに叶えよう』

 僅かに來が微笑った気配がしたが、急速に遠のく意識の為に、綺菜には確認出来なかった。




「何故だ?」

 怒りと言うよりは悲しみの意味が濃いのだろう。遙の瞳が(かげ)りを帯びる。

「最後の願いは必ず叶えると、來はそう明言したのだろう? 

 必ず叶う願いなら、何故イエンの繁栄を、お前は望まなかったのだ。

 來にもう二度と同様の事態を繰り返さない様に願い、この村を安寧(あんねい)の地に変える事も可能だった筈なのに」

『私達がイエンに生まれた事はきっと何かしら意味が有るはずよ』

 在りし日、要と二人力を併せて、イエンを正しき道へ戻そうとしたお前達。

 何よりもそれを望んでいた筈のお前が願ったのは――――

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