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記憶(綺菜編)-02 (37)

「……瞭も可哀想な子ね」

 一度この地に足を踏み入れてしまったら、誰でも例外なく村の外へ出る事は叶わない。

 村が滅びるその日まで、入り口以外の全ての道は閉ざされ、出口は何処にも存在しない。

 村人に課せられたような制約が無くても、イエンに関わった人々はこの地から逃れられず、

私達と同じく以後永遠に彷徨(さまよ)い続ける事になる。

 けれど、もし。要が関わった事で奇跡が起これば、瞭はイエンから出られるかも知れない。

 イエンが滅びるその前に、瞭がこの地から解放されたとしたら? 

 ……その時は要だけでも、瞭と一緒に助けてあげられないだろうか。


「ううん。またきっと駄目ね」

 過剰な期待は破れた時の反動が大きすぎる。その辛さは嫌と言うほど体験済みなのだから。

 過去の小さな何かが変わる度に誰もが期待した。些細な変化に皆が喜びを隠せなかった。

 けれどいつも希望は(はかな)く壊れ、やがて希望は絶望へ、そして悪意に満ちた憎悪へと変わる。

『最期の瞬間まで、お前に助けの手を差し伸べなかった遙の存在を、努々(つねづね)忘れるでない』

 誰かが耳元で呟いたその言葉どおり、私は時々無性に遙の存在が憎くて堪らなくなる。


 ―― 何故彼女は私達をいつまでも助けに来てはくれないの? ――


 イエンに与えられた六ヶ月という期間が長いのか短いのか、綺菜には解らない。

 遙の元へ願いを届け、イエンに降臨して貰うには、もっと時間が必要なのかも知れない。

 生贄の数は回を増す毎に増え、前回生贄にならずに済んだ者まで、新たな巫女に選ばれる。

 何度繰り返しても、永遠に慣れる事のない苦痛と恐怖が、絶えず私や巫女達に付き(まと)って。

「お願い……遙、助けて」

 何もかもを憎んでしまいそうな自分が怖い。

 抑えても、抑えても、自分の中の負の感情が止められない。

 生贄を止む無しとするイエンも、私達を見捨て続ける遙も。


 全て跡形なく滅びてしまえば良いのに、と願う自分がどんどん大きくなる。

 最早些細な出来事からでさえ溢れ出す憎しみは、綺菜自身にも制御出来ない状態に(おちい)って。

『こんな村も、何も叶えてくれない貴方も要らない!』

 ――いつかの夢の中で私が叫んだ言葉。その言葉を実際に口にしそうで堪らなく怖い。

「私はこれ以上、誰も失くしたくない」

 だから遙、どうぞお願い。早く来て私達を救って。私達を助けて。

 私の中が憎しみで満たされる前に、過ちを犯すその前に、貴女の力で私を止めて。


『助かる方法は、唯ひとつ。遙を絶望の淵に追い詰め、彼女が私に助けを求めれば、その時私はお前の魂を助けよう』


 ――――記憶に残る貴方は誰? 一体それはどう言う意味なの――――?



  

「綺菜……」

「綺菜、ねぇ僕の声が聞こえる?!」

 考えすぎていつの間にか意識があらぬ方向へ飛んでいたのだろう。

 心配そうに此方を見詰める瞭と視線が絡んだ瞬間、軽い眩暈(めまい)を伴いながら、綺菜の意識が現実へと浮上する。

「……ごめんなさい。私……」

 確か、いつかの夢を思い出していたはずなのに、一体どうしたんだろう。

 夢から覚めたその後に、薄っすらと何か、考えていたような記憶が有るような気がするけれど、それが何か思い出せない。


「綺菜、顔色が悪いけど大丈夫?」

 あんなに言い争っていたのに、瞭が押し黙った瞬間、綺菜の様子が不意に変わった。

 何度呼びかけても反応一つしない人形のような綺菜を前に、瞭は余程遙を呼びに行こうかと、考えていたくらいだ。

「綺菜、何か悩みが有るのなら」

 遙に相談してみたら、と言いかけた言葉は音になる前に、後ろから突然に掛けられた要の声によって遮られた。


「綺菜、瞭」

「要! もう何とも無い? 大丈夫?」

「ああ。先刻は済まなかったな。もう大丈夫だ」

 いつもと変わらない要の様子に、瞭は取り敢えずほっとする。

 二人のあの態度から推測すると、遙と要はどうやら少なくとも顔見知り以上の間柄は確かだ。

 遙や要に聞きたい事は山ほど有るけれど、綺菜が居るここでは、要に訊ねる事も出来ない。

 遙と要の間に自分が知らない重大な何かが隠されているのは確かな事で、瞭は正直この状況に戸惑いを隠せずにいた。


「瞭、悪いが少しの間、俺に綺菜と話をさせてくれ」

「要?」

 いつもと違った大人びた要の印象に瞭も、そして綺菜も、軽い違和感を覚えたのだろう。

 戸惑いと、それに付随する何処となく居心地の悪さをお互いに感じながら、綺菜は要を促した。

「要まで瞭の味方をするのかしら?」

 少し意地の悪い綺菜の言葉にも、要は動じる事なく、ただ淡々と言葉を紡いだ。

「綺菜、俺は知っている。イエンはもう駄目だ」

 ここまで精一杯努力は続けたけれど、これ以上の変化は望めないだろう。もう限界だ。


 繰り返す一向に変わらぬ現実は、確実に皆を疲労させ、やがて希望を絶望に変えてしまう。

「このままの状態が続けば、いずれ必ずイエンは滅びる」

「要?」

「綺菜、二人でイエンを出よう」

「!」

 考えた事も無かったのか、要のその言葉に、綺菜の瞳が限界まで大きく見開かれる。

 喘ぐ様に大きく息を吐き、動揺する自分を何とか抑え込もうと、綺菜は掌をきつく握り締めた。

「急にどうしたの?」

「急じゃない」


 この村を離れる事を、もうずっと前から考えていた。

 本当は綺菜が壊れ始めたあの日に直ぐにでも、そうすべきだったんだ。

 けれど俺は万が一にでも綺菜に嫌われるのが怖くて、強引に行動を起こす事が出来なかった。

 それがあんな取り返しの付かない事態を招くなんて、あの時の俺は考えもしなかった。

「暮らしは俺が何とかするよ。このままここに居ては駄目だ」

「そんなの無理よ! 誰もこの村から出ては生きて行けない!」

「?」

 村を出るという要の提案に対し、綺菜の過剰なまでの反応に、瞭は軽い違和感を覚えた。

 確かにイエンのように恵まれた土地から出て、他の場所で暮らして行くには色々と不安も有るだろう。

 けれど綺菜の不安はそう言った未知の生活に対するものではなく、まるで本当に、

この村から出ると死んでしまうかの様に怯えている事だと、瞭には感じられた。

(それは一体、何故?)


 考え込む瞭の隣で、要はそんな綺菜の態度に怯む事なく、ゆっくりと言葉を続けた。

「大丈夫。生きて行けるよ綺菜。その為の努力を俺は続けて来た。

 綺菜の事は俺が必ず護る。だから行こう綺菜。……村から出てもう自由になろう」

 要の心からの言葉に不意に綺菜の瞳から大粒の涙が零れる。

 何かを言葉を必死で喋ろうとしても、綺菜の唇は戦慄(わなな)くだけで、言葉にまでは至らない。

「駄目よ……」

 綺菜はやっとの思いでそれだけ伝えると、涙に濡れた顔を覆い、座り込んでしまった。


「要」

 何か声を掛けようとした瞭に、要は手を上げて遮ると、遙からの伝言を口にする。

「瞭、遙が話したいことが有るそうだ」

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