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記憶(綺菜編)-01 (36)

 長い間絶えず傷つき続けた人間の心を短時間で説得する事はとても難しい。

 まして普段から言葉が少ない瞭なら尚更困難だ。

 思いのたけをぶつけたところで、瞭と綺菜が所詮解りあえる筈も無く、話は平行線を辿る一方で。

「どうして解ってくれないの!」

 思わず声を荒げた瞭を、綺菜は何処か遠い眼で見詰めた。


(どうして解ってくれないのか? 答えはとても単純な事。瞭はイエンの本当の姿を知らないからよ)

 イエンを取り巻く特殊な状況。

 その運命から逃れるために、私達がどれだけ奇跡を待ち()びているのか、瞭は知らない。

(いいえ。例え瞭が全てを知ったところで、もうどうにもならないのだけれど)

 後に続けるべき言葉が上手く思い浮かばないのか、瞭は両手を硬く握り締めたまま、強く唇を噛み締めている。

 余程何か伝えたい事が有るのだろう、強い意思を覗かせた視線は、一度たりとも綺菜から外される事なく、

真っ直ぐに捉え続ける。

 その視線の強さに、綺菜はいつかの晩、夢に見た要の姿を重ね見る。

 夢に現われた要も、瞭と良く似た瞳をしていた。

 幾度と無く見る夢の内容を、綺菜はこんな時だと言うのに、不思議と鮮やかに思い返していた。

 



 夢とは曖昧なものだといつも綺菜は思う。現実の幼い頃とは違う、何処か奇妙な夢。

 その内容はいつも不可思議で綺菜は戸惑う。

 現にいま見ている夢がそうだ。

 立ち尽くす現実の私の横で、幼い私が意味も無く泣いている。

「綺菜っ! ほら泣くなってば!」

 小さな綺菜をあやす要は何故か現在(いま)の年恰好のままで、泣きじゃくる綺菜を、慣れた手つきで優しく抱き上げる。

 至近距離で見る要の瞳は何処か寂しげに感じられて、夢の中にも関わらず、綺菜は軽い困惑を覚えた。

「かなにぃー」

 要を兄と呼ぶ、まだ上手く言葉さえ発音できない、幼い自分。


『これは何……?』

 夢の意味が理解できなくて、現実の綺菜は盛んに瞬きを繰り返す。

 必死で眼を(こす)ると夢の場面が大きく変わり、幼い綺菜は先程より少し大きくなっていた。

「お兄ちゃん、待ってー!」

 少し先を歩く要の背中を必死で追いかける。優しくて強い、そして何より大好きな要。

 何処に行くのも一緒じゃなきゃ絶対嫌だから、綺菜はいつも要の後を小さな身体で全力で追いかけた。

「お兄ちゃん、手」

 理由は解らないけれど、手を繋いでいないと要が何処かへ消えてしまいそうで、子供心に凄く怖かった事を覚えている。


 だから喧嘩した翌日でも、どうしても手だけは繋いでいたかった。

「俺なんか嫌いじゃなかったのか?」

 流石(さすが)に少しまだ怒っているのか、要の意地悪な言葉を受けて泣き出しそうになる綺菜に、要は冗談だよと大きく笑う。

「本当に綺菜は甘えん坊だな。……ほら、おいで」

 そう呼びかけて、温かい掌で少し冷たい綺菜の手を、すっぽりと包んでくれた。

「……お兄ちゃん、大好き」

 満面の綺菜の笑顔に返す要の笑みも本当に嬉しそうで――――



「どうして?」

 目が覚める直前まで本当に幸せだった。

 大きくなったら要と絶対に結婚するんだと、心に決めていた幼い自分が微笑ましくて。

「……変な夢ね」

 何故か溢れ出た涙を拭いながら、綺菜は小さな溜息を零す。

 あの日を境に、何もかもが狂ってしまった。

 鮮明な記憶に混じって、辻褄(つじつま)の合わない幾つかの記憶が、綺菜の中に混在する。


 混沌とした世界が辿る道は、それでもいつもと同じ結末へ。

 微細な変化が生じても、確定された未来は何一つ変わらない。


「後何ヶ月?」

 曖昧な記憶の中で唯一確かな事は、私の未来は最期の巫女として村と一緒に消える事。

 引き起こされる天災、或いは蔓延(まんえん)する疫病(えきびょう)

 毎回形は違っても最期に必ずイエンは滅びる。

 始まりがいつかさえ解らない。

 けれど定められた未来は、(さかのぼ)って現在(いま)の過去へと繋がるのだ。


「遙……」

 彼女が訪れない限り、私達に救いはない。

「早く来て……私達を此処から救って」

 繰り返される切なる願いは、簡単に聞き届けられそうにもなく。

 訳の解らない罪の意識に苛まれ、狂おしいほどの強迫観念が、夜毎綺菜を追い詰める。


「どうして私なの?」

 イエンを救う為には私が巫女としての役割を果たし、遙を呼び寄せなければいけない。

 最初にイエンで目覚めた日、何故か強烈に焼きついていた思念。

 遙を呼び寄せる巫女が、どうして自分でなければいけないのか、綺菜には解らない。

 けれど確かに綺菜でなければいけないと、別の自分が訴えかけるのも、また事実で。


 ガタン!


 闇の中、不意に2階から響いて来た物音に、綺菜は驚いて肩を(すく)ませる。

 随分夜も更けているのに、どうせまた要は、瞭とのお喋りに夢中になっているのだろう。

 親友が出来たと屈託無く喜ぶ、要の嬉しそうな顔が綺菜には眩しくて、少し(うらや)ましい。

「要……」

 大好きな私の弟。変わらぬ未来から、せめて要だけでも助けたい。

 原因は不明だが、要はイエンを襲った忌まわしい出来事を、何一つ覚えてはいない。

 皆が記憶する最期の日が、要には存在しない。

 囚われるべき過去がない要は、現在の時間を全力で生きる事が出来る、唯一の存在。

 その影響か、些細(ささい)に違う未来は、常に要を中心に芽生え、生まれる。

 結果は変わらず同じだが、要が絡む行為の全ては、時として僅かな期待を私達に抱かせて。


「けれどどの道、遙が来なければ事態は何も変わらない」

 瞭と言う名前が遙の申し子と同じ名前なのは、単なる偶然なのか、それとも必然なのか。

 今回イエンが滅びるその時に、彼もまた新たな鍵となるのだろうか。

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