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回顧(遙編)-02  (33)

「……届いたか?」

「うん。少し目標から外れたけど、何とか」

 本来過去視は、矢を自在に操る事が出来る能力を持った恭にしか視る事が出来ない。

 従ってイエンでおきた出来事は、恭本人の口から教えて貰う以外に方法が無いのが、現状だ。


「ちょと待って。遙ちゃんが湖に投影するそうだから」

 恭の言葉通り、湖面に何やら浮かび上がった色の断片が徐々に焦点を結んで、一つの大きな映像となる。

 蘇る、その鮮やかな映像は大地の記憶で有り、当然ながら音声は一切存在しない。

 イエンを襲った一連の出来事が、所々不鮮明に途絶えながらも、可能な限り湖上に再現されていく。

 次々と映像が進むに連れ、恭の口から唸り声の様な声が微かに漏れる。

「この金髪、味方なのか敵なのか、判断し難い行動だな」

 先刻から妙に気になるこの優男=榮=の行動をつい皓は追ってしまう。

 やがて映像は湖に要が投げ入れられた波紋を最後に完全に途絶え、その役割を終えた。


「一旦は庇った相手に対して自ら刃を揮うとは、行動に一貫性がないねえ」

 普段通り、飽くまでも言葉だけはのんびりと恭が呟く。けれど内心相当頭にきているのだろう。

 苛々と爪を噛み、落ち着きなく体を動かしている様が、誰の目にも見て取れる。

「……いや多分、彼は要を助けるために自らが刃を揮ったのだろう」

 それまで冷静に湖面を見続けていた遙が、この男の真意は解らないが、と前置きして言葉を続ける。


「要は心臓さえ無事なら、理論上どんなに傷が深くても復活は可能だ」

 ただあれだけ見事に貫かれると、いくら要の能力をもってしても、回復には相当の時間を要するに、違いない。

「問題はどうしてそれを彼が知り得たか、だ」

「あのー遙ちゃん? 彼どう見ても思いっ切り要の心臓貫いてましたけど?」 

 傍らで同じ映像を見ていた筈の恭が、ピタリと体の動きを止めて、不思議そうに遙に問い掛ける。


「いや、この男かなりの腕前だな。紙一重のところで心臓を外している」

 遙が何か答えるより早く、榮の動きに注視していた皓が、経験上の確証をもって答える。

「へ? あのスピードで?」

 あれ程の長剣を、それも片手で物ともせず軽々と操る術は、並の技量の持ち主ではない。

 加えて要を貫いた刃の速度は、正確に目標が定められるとは信じ難いほどの速さだ。

 不自然さを全く感じさせない一連の動作に、この男の余裕と実力が透けて見える。


「って事はこいつかなりの腕って事?」

「ああ。間違いねえ。恐らく要を湖に投げ込んだのも、あいつに要の生死を確認されるのを防ぐ為だろう」

「榮か。新顔ながら……厄介だな」

 あの状況で、冷静極まりない行動。

 敵ながら大した判断力と言わざるを得ない榮の存在は、自分達にとって幸先好ましいものでは無い。

 無意識だろう。遙の唇から微かな溜息が漏れる。


「遙ちゃん」

「うん?」

 いつになく真面目な恭の声音は、俯いた遙の顔を上げさせるには、充分な響きで。

「俺達、もうちょっと腕磨くから」

 頭の後ろで腕を組んで背を向ける恭の顔は見えない。けれど聞こえる口調は真剣そのもので。

「……頼りにしてるよ」

 そんな恭にそう、答えた。




「さて、これからどうするよ遙」

 座ったまま飽きもせず、湖面をひたすら見つめ続ける遙に、皓がさり気なく行動を(うなが)す。

 あれから更に詳しい調査を行った結果、イエンにはまだ複数の結界と、巧妙な罠が確認された。

 周到に用意されたこれらは、遙がイエンに対し何らかの形で接触すると、直ちに発動する仕組みになっている。

「助けたいが現時点で打つ手は無い……だろう?」

 沈黙の中、もっと強くならねばと、それぞれの立場で全員がそう、胸に刻む。


 湖の下に閉じ込められた沢山の魂は、遙達が無理に起こす行動によって跡形もなく消えるだろう。

 せめてイエンの内部に侵入さえ出来れば、また違う方法も試せるかも知れないが。

 けれど抵抗なく結界内に侵入する為には、イエンに住む誰かからの呼びかけが、不可欠だ。

「……要が『呼んで』くれさえすればイエンに侵入することは容易い」

「遙!」

 助けを求める魂が其処に在るのに、自分には何も出来ない。要に辿り着く事さえ不可能だ。

 きつく噛み締めた唇が、握り締めた掌が、僅かに震える。


 頑なにその場から動こうとしない遙に、業を煮やした皓が華奢な身体を無理に抱き起こす。

「皓!」

「要はまだ回復しない」

 不安げに揺れるその瞳を、なんとかしてあげたいとは思う。けれど現実には。

「それに最悪の場合、生きていると感じたのは俺達の思い込みだったかも知れん」

 遙の(すが)るような視線を突き放す言葉しか、皓には存在しない。

「なっ? 先刻お前も見ただろう! 要は無事だ。心臓は傷ついていない!」

「俺も最初はそう思ったが、余りに返答が無さすぎる」


 呼びかけに反応しない時間が予想を超えているのだ。

 いくら回復に時間が掛かるとはいえ、意識さえ戻れば要から何らかの返答が有っても良い頃だ。

 それが存在さえ(つか)めないと言う事は、映像では再生されない時点で、要に更に何かが起きたとしか考えられない。

「……要が」

 確かに過去視で覗いた映像は、彼が要を湖に投げ入れた時点までしか、再現されなかった。


 遙だって本当はこの状況がどう言った意味を(もたら)すのか、理解出来ない訳はない。

 応答が無い時点で生存は絶望的だと言う事も、誰よりも他ならぬ遙自身が一番認識している。

 ただ、ただ感情がどうしても、『要の死』という客観的事実を受け入れられないだけだ。

「このまま此処に居たところで何の解決にもならん」

 言外に「帰るぞ」と告げた皓に対して、現在(いま)の遙にはただ頷く以外の選択肢は無くて。

 ――それが、何より悔しくて、何よりも情けない――


 感情が表に出たのか、恭が背後から近寄ると、皓とは反対側からそっと、遙を抱き締める。

「大丈夫だよ、遙ちゃん。この結界自体はそんなに強い物じゃない。精々百年位しか保たないと思うよ。

その時にまた、イエンに来たら良い」

 それに俺の弓矢で結界に(ほぐ)れ目が入ったし、実際はもっと早いんじゃないかないかなー。

 殊更(ことさら)何でも無い事のように明るく(つぶや)くその声が、首筋に触れてくすぐったい。

 二人の体温に挟まれて、じっとしていると不意に何故か泣きたくなって、遙は顔を伏せる。


「遙、イエン自らが俺達を受け入れる時期は、必ず来る」

 皓の声が、恭の意識が、しっかりと一つに合わさって、触れた部分から伝わる何かが遙を元気づけた。

「……解った。けれどいつか必ず」

「必ずイエンから全ての魂を解放してみせる、だろ?」

「だね」

 イエンの中で繰り返される永遠の日常が、否が応でも再び俺達をこの場所へ導くだろう。

 時が巡り、幼い巫女達が再び命を削り、募る彼等の憎しみがいつか遙をイエンに呼び寄せる。


 願わくばその時に、遙が再び傷つかずに済むように。


 そしていつかイエンに降り立つその日の為に、現在(いま)の自分達に出来る事を――これから考えよう。

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