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回顧(遙編)-01  (32)

 何か蒼い物が眼の端を横切った、と確かめる間も無く、無意識に皓の手が背中へと伸びる。

()けろ!」

 叫ぶなり背中に負っていた刀を楯代わりに柄ごと握り締めて、正面から奴の『挨拶』を受け止めた。

「ちっ!」

「止せ皓!」

 彼らの気配を感じ、追う為に方向を転じた皓を(いさ)めると、恭と共に目的地をひた目指す。

「間に合うか……?」


 遙を呼ぶ要の声は尋常ではなかった。加えて偶然とは思えない至近距離での彼らの気配。

 何か大変なことが要の周囲で起こったと見て間違いない。

「見えた遙、イエンだ!」

「これは!」

「これが……イエンか?」

 自分達の足元。

 記憶に在るイエンの姿はどこにもなく、ただ水を満々と蓄えた巨大な湖が、その場所に忽然と存在するのみ。

 眼を凝らせば水面に微かに見える大鳥居と、逆さまに(もた)れかかった神木が、辛うじて此処がイエンで在った事実を

三人に告げていた。


 眼下に拡がる余りに変わり果てたイエンの、その予想すら出来なかった姿に愕然となる。

「……そんな馬鹿な。本当にこの場所が?」

 騒ぐ恭を尻目に皓は辺りを的確に見渡し、苦い顔で頷くと、唸るような声で肯定した。

「間違えねえ。ここがイエンだ」

「皓、要の気配は読めるか?」

「いや、流石にこれだけ距離が有ると、俺にも詳しくは解らん。ただ、ざっと見渡した限り、この状況では

最悪の結果しか思い浮かばんがな」

「はーっ」

 派手に溜め息を繰り返す恭を、遙は手招きして呼び寄せると、不意にその手を強く握った。


「うわっ! 遙ちゃん。いきなり何っすか!?」

 皓の顔色を伺いながら、慌てて離そうとしたその手を更に掴んで引き寄せると、構わず恭の顔に頬を寄せる。

「恭。此処からイエンの……湖の底を穿(うが)てるか?」

「へっ?!」

 真っ赤な顔で拍子抜けした恭に、苦虫を噛み潰した様な表情の皓が、遙の言葉を補足する。

「お前の専売特許だろうが、弓は!」

「ああっ! 成る程!」


 合点したとばかりに大きく頷いた恭は、照れ隠しも手伝ってか、矢を厳選する為に、筒の中を派手に掻き回し始める。

 そんな恭を何処か冷めた眼で見ていた皓は、気分を切替えると偵察の為、イエン全体に意識を拡散させていた遙に話しかける。

「過去視で何処まで再現出来るか……だな」

「ああ。イエンに何が有ったのかを知りたい」


 恭の弓は主に攻撃が中心だが、場合に()ってはその特殊な『力』を駆使し、色々な用途に使用する事が出来る。

 過去に起こった出来事を、その場所に矢を穿つ事によって正確に読み取る事が出来るのも、数多く有る『力』の

使い(みち)の一つに過ぎない。

 恭の腕前ならこの距離でも、難なく矢は湖の底まで届くだろう。

「距離はクリア出来ても、問題は結界……か?」


「皓、ちょーっぴり遙ちゃん、お借りしますね」

 結界を遙の力で一時的に相殺するつもりなのだろう。

 いつも通り横にいた遙の手を取って先に矢を握らせると、恭は背後から遙を抱える様な形で、その手に自らの手を添えた。

 見慣れたその光景から、少しばかり眼を逸らそうとした皓は、恭の発言に引っかかりを覚える。

「恭よ、前から思っていたが、何故そう一々(いちいち)俺に断る?」

「……えっ?嫌だなぁ、解ってるくせに」

 こんな時だと言うのに、語尾にハートが付きそうな恭の喋り方に、思わず脱力しそうになる。


「お前なぁ」

「黙れ。集中出来ない」

 先程から集中する為だったのか、じっと眼を閉じていた遙が、眼を開ける。

 見開いたその余りに鮮やかな紅眼に、皓は我知らず惹き付けられそうになって、何とか踏み止まった。

「遙ちゃん相変わらず綺麗でしょ?」

「ああ」

 一瞬惚けた隙をついて繰り出された質問に、素直に答えてしまってから不味いと思う。

「恭」

「……悪ぃ」

 笑いながらも恭は徐々に精神を高めているのだろう、その顔が、腕が、緊張で引き締まる。

「かなり衝撃が有ると思うから、覚悟してね?」

「任せろ」

「……その言葉、信用するよ?」


 恭が上空から狙うは湖の底。かつてイエンの象徴でも在った、大鳥居を目掛けて矢を放つ。

 遅れて皓が本来得意とはしない防御の為の結界を、自分達の周囲に張り巡らせる。

 綺麗な弧を描きながら目標に向った矢は、湖面を突き破る寸前で何かに阻まれ、激しく震え始めた。

 即座に遙が右手を湖面に(かざ)し、更なる『力』を結界目掛け、撃ち放つ。

「!」

 湖面に張り巡らされた結界が遙の力とぶつかりあっているのだろう、水面が激しく(たわ)み波打つ。

 衝撃が風を生み、油断していると吹き飛ばされそうな勢いにまで、成長する。

「くっ……」

 結界に何度か力が衝突すると突風は瞬く間に鋭い刃となって周辺全てを襲い、ガード無しでは恐らく命に関わるほどの

破壊力を見せ付ける。



 ――時間にしてどの位経ったのか、やがて力の均衡に耐えられなくなった結界は、その存在を跡形も無く消し去り、

最初から何事も無かったかの様に、只の湖面へと姿を変えていく。

 同時に結界に(はば)まれ空中で静止していた矢も、湖の中へと吸い込まれるように消えていった。

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