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輪廻(31)

「娘。先程も述べたが、一度聞き入れた願いを(たが)える事は出来ぬ。だが、意味を違えてやる事は可能だ。

……そいつを助けたいというお前の心に免じ、特別に情けをかけてやろう」

 意味が解らないと言いたげな娘に微笑むと、來は噛み砕くように説明してやる事にする。


「娘を除く全ての村人共には、これ迄通りの生活を送らせる事とする。……そうだな。榮が現れた少し前まで、

村人全員の記憶と時間を戻す事としよう」

(時間を戻す? それって俺達は助かると言う事か?)

 一瞬希望が横切ったその顔を、叩きのめすのは何と容易(たやす)いことだろう。

「但しお前達が滅びる運命は、何ひとつ変える事は叶わぬ」

 イエンに住む全ての者は再び目覚め、同じ時間枠に戻り、また最初から生活を始めるのだ。

 六ヶ月間という短い月日の中で、全てを忘れ、以前と変わらぬ生活を送り続ける事を、許してやろう。


 けれどその先、必ずイエンと共に滅びる運命からは、誰一人決して逃れられぬ。

 ……だが安心するが良い、私は慈悲深い。

 死したお前達の哀れな魂を、イエンが滅びる度に際限なく、何度でも蘇らせてやろう。

 そしてまた全てを振り出しに戻し、イエンと共に繰り返す滅びの日を全員で迎えるが良い。

 イエンは半年という期間の中で繰り返し滅び続け、お前達は自らが死んだ事を認識した上で、何も出来ず、

ただ限られた時間枠の中で、永遠の生死を繰り返すが良い。

 ――――そう、先程この娘が願った通り、永遠の苦しみを我はイエンに与えよう。


「この水で閉ざされたイエンの底で、繋がった輪のように同じ時間枠を、未来永劫廻り続けると良い」

「!」

 冷たく淡々と告げられた來の言葉に、要と綺菜は顔色さえも失って。

「助かりたいか?」

 (すが)るように此方を見つめる綺菜と、激しく睨みつける要の視線の中で、來は薄く微笑む。

「……遙がいるだろう?」

 苦しいのならば、助かりたいのならば、お前達の神に奇跡を願うが良い。

 いやむしろ遙に願う事しか、何の『力』も持たぬ、お前達に出来る事は何一つない。

 その運命から逃れる為に生贄を更に増やし、遙に奇跡を願おうと、それはお前達の自由だ。

「祈りが聞き届けられるまで、唄い続けると良い」


 生贄の数が増え、嘆きと絶望がこの地を覆い、湖の底が憎しみで満たされた時、イエンは自ら進んで

この地に遙を迎え入れるだろう。

「そして申し子よ、お前は申し子としての記憶がある限り、私の邪魔をする筈」

 身構えた要を横目で捉えながら、その鋭い視線に來は動じる事なく言葉を(つむ)ぐ。

「お前のその邪魔な記憶だけは、再び遙と出逢うまで我が預り置く事としよう」

 ……人間の記憶の操作など、私にとっては容易いことだから。

「娘よ、イエンを救いたくば、巫女としての役割を果たし、遙をここへ呼び寄せろ。

最期の瞬間までお前に助けの手を差し伸べなかった遙の存在を、努々(つねづね)忘れるでない」



 絶望に染まる綺菜の心を捉え、來は密かにほくそ笑む。

 いつかまた遙をこの地へ導くために、操りやすいこの娘の存在は必要不可欠だ。

 この娘の精神が自分で犯した罪の重さで潰れぬよう、不本意だが、犯した罪の幾つかは、一時的に消してやらねば

なるまいか。

 本来なら罪の重さに苦しめたいところだが、役目を果たす前に娘が壊れてしまっては、用を為さないからからな。


「……助けてはくれなかった、遙を……私は忘れない」

 壊れたように己の言葉を繰り返す綺菜を來は満足げに見遣ると、更に上から暗示を重ねていく。

「そうだ。お前が憎むべきは私ではなく、救いの手を差し伸べなかった彼女(はるか)だ」

 お前には特別に私の『力』を与えてやる。その力を存分に使い、彼女を追い詰めるが良い。

 良いか、これだけは忘れるな。(けが)れたお前達の魂は、最早二度と転生する事は無い。

 イエンから出るとその身ごと即座に消滅するだけだ。無論誰一人として例外は無い。


 ……助かる方法は、唯ひとつ。

 遙を絶望の淵に追い詰め彼女が私に助けを求めれば、その時私はお前達の魂を助けよう。



「お前何を言ってるんだ! そんな話、綺菜が聞く訳無いだろう!」

「黙れ!」

 怒りに駆られた來が此方に光る掌を向けたと思った瞬間、それより早く銀色の何か、が要の胸を貫いた。

「要っ!」

「榮?!」

 迷い人の名を初めて呼んだ要は、自分の胸に刺さった長剣を信じられない思いで見つめる。

「榮は、俺達を助けてくれたんじゃ……無かったのか?」


「……お逃げなさい、と伝えたのに」

 榮は要が刺さったままの剣を片手で一振りすると、勢いの付いた要の身体は、軽々と空中へ投げ出され、

派手な水飛沫を上げて湖へ沈んでいく。

「いやぁっっ――!」

「榮、出過ぎた真似は控よ」

 気を利かせたつもりであろう榮に釘を指す。

逆らうならば、この手で始末をしてくれようと目論(もくろ)んでいたのに、紙一重で榮にその楽しみを奪われた。

「はっ」

 (こうべ)を垂れた榮を振り返ろうともせず、來は半狂乱の綺菜に近付くと、無理矢理その細い(あご)を我が掌に捉える。


「――我と契約を」

 右指で薄く左手首をなぞると、契約の証となる自らの血が、零れ落ちる。

「やめて!」

 嫌がる綺菜の口腔を力尽くで()じ開けると、流れ出る我が血を、抗うその喉奥深くに、流し込んだ。

「我が力を受け取るが良い」

「ぐっ……げっ……」

 生理的嫌悪感からか喉を鳴らし必死で血を吐き戻そうとする綺菜に対し、來は至極冷静な態度で、綺菜に血を飲ませる行為を

強要し続ける。

「來様、急がないと、彼等が」

「解った」


 我が血をこれだけ飲ませれば上等か。

 もし与えた『力』に耐え切れず、娘が狂ったとしてもそれはそれで好都合。

 完全に放心状態になった綺菜に、軽い暗示を与えると、その身を容赦なく湖へ投げ入れる。

 抵抗もせず小さな波紋を浮かべて沈んでいく綺菜を見届けると、來は満足気にイエンに結界を張り巡らせた。

「それから、これはほんの挨拶だ」

 いまや完全にイエンの上空に近付きつつある彼等に、足止めも兼ねて己の力を本気で放つ。

 上空目掛けて離れた力は凄まじい破壊力を伴って、小さな蒼い(たま)へと変化すると、彼等に襲い掛かった。

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