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回顧(來編)-02  (29)

「彼女は過去にイエンを救えなかったのは、自分の所為だと感じている」

 そして()れを逆手に取って、イエンは現在も遙を悩ませ続けている。

 叶えても叶えても、人間の欲望には限がない。

 生贄なぞ要らぬと言う遙の言葉を聞こうともせず、貢物を捧げ続ける事に()ってイエンの存在は常に彼女を追い詰める。


「解るか? 私はイエンに住む人間全てが憎いのだよ」

「!」

「そしてそんな人間に加担する遙が、本当は何よりも憎いのかも知れない」

 自分の気持ちを踏み(にじ)った遙を、現在(いま)でも愛しているのか、それとも憎いだけなのか。

 時々來自身にも判断がつかない、複雑な感情が胸中を交差する。

「人間になぞ……」


 自分以外にほんの(わず)かでも、彼女の心を占める者が存在する事自体が、來には本来許し難いのだ。

 いつも遙の片隅に控えているあの二人の男。人間の分際にも関わらず、遙の心を占める奴等の割合は、何と大きな事だろう。

 いま思えば只の餌に過ぎなかったあいつら人間の存在が、私と遙をここまで遠ざけたに違いない。

「けれど今度こそ、遙は私に感謝するだろう」

 そう言って隣で笑う來が、綺菜には最早理解し難い者としか(とら)えられず、(たま)らなく怖い。

 いま直ぐにでもこの場から逃げ出したいのに、來に身体の自由を拘束されそれすらも叶わない。 


 絶望的な状況下で、綺菜はそもそも、どうしてこんな事になってしまったのか、自らの感情を整理出来ずにいた。

「……なめ。要、助けて!」

(うるさ)い!」

 腕を掴んで引きずり起こされると同時に、來に殴られた横頬に焼けた様な痛みを感じる。

 けれどその痛みは、混乱していた感情を、冷静に戻すには充分過ぎて。


「貴方は狂ってる。人の心はそんなに簡単に動かない」

「どうかな? 現にお前の心は私の思惑通り簡単に動いたではないか」

 少し揺さぶりを掛けただけで、お前は簡単に私の望む言葉を口にした。

 後先も、事の重要さも考えずに、ただ怒りのままにイエンの滅亡を、私に願ったお前。

「お前は私怨に駆られ、代々の巫女が成して来た大事を、全て台無しにしたのだよ」

「私は……」


 確かにイエンが滅びる事を願ったのは綺菜自身。

 けれど願いは必ずしも全てが叶うとは限らないから、願うのだ。

 現実味がない願いだからこそ、私は一人心の中で何の制限も課さず、自由に想い描いていただけ。

 こんな形で願いが叶う事が事前に解っていたなら、私はもっと違った願いを口にした筈なのに。

「それに遙は貴様等に感化はされているが、人ではない。私と同じ神、だよ」

「貴方と同じ、神様……」


 昔いつだったか要に聞いた事が有る。この世界には良い神と、悪しき神が住んでいると。

 その昔、良い神は地上に降りてきて、自らの過ちを認めると共に、イエンの過ちを正すように、村人に協力を求めたと言う。

『……人の世は人の手で正さねばならない。お前は私に力を貸してくれるかい?』

 彼女の望みに応えた村人は、その要望と引替に永遠の命を授かったのだと教えてくれた。


「それが実は俺だったりして」

 冗談が好きな要。弟の癖にいつも私の名を呼び捨て、時に間違いを正してくれた。その要も、もう居ない。

「さて……罪深きお前には、どう言った罰を与えるべきだろう」

 愉しげにクツクツ笑う來の声を聞いても、最早綺菜の心には何の感情も湧いてこなかった。

 要がこの世に居ないなら。その原因が私の『願い』が引き起こした事なら。

 ――私は確かに要や、何の(とが)も無かったイエンの人々に対して、責任を負うべきなのだろう。


「おや?抵抗はしないのか」

 つまらなさそうに呟くと、來はゆっくりと綺菜の首に手をかけた。

 これで最期だと言うのに不思議と落ち着いた自分がそこに居るのを、綺菜は感じていた。

 綺菜は瞳を閉じて、心の中で要に話しかける。

『要、待っててね。直ぐ追いつくから。要に逢えるなら、私は怖くない』


(あらが)わないと退屈だが。……仕方ない、ではお前も逝くがいい」

 飽くまでも優しい声と裏腹に、來の大きな掌が、容赦なく綺菜の喉を圧迫する。


(要……)意識が闇に沈む寸前で、聞き慣れた声が綺菜を現実の世界へと連れ戻した。

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