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回顧(來編)-01  (28)

「何故だ遙! 私達には他に無い力が在る。それを使わずして何の為の神だと言うのだ」

 何時からか『力』の使い道について、遙と來の間には少しずつ不協和音が生じ始めていた。

 いくら餌にしかならない存在とは言え、余りに奴等の考えは短絡的で見るほどに醜悪だ。

 このまま何の関与もせずに捨て置けば、遠からず奴等は全員滅びてしまうだろう。

 (いきどお)る私を前に彼女はいつも通りに微笑んだ後、私にきっぱりとこう宣誓したのだ。


「來、お前はどうも彼等に関与し過ぎるようだね。けれど何事も過ぎれば毒となるのだよ。

良しきにつけ、悪しきにつけ人の世界は人のものだ。本来私達が関わるべき世界では無い」

 例え間違った道を彼等が歩もうとも、それは彼等の責任であり、運命なのだから。

「だが彼等だけでは解決できない問題も数多い。それら全てを見捨てろと言うのか?」

「否。……そうだね。もし、どうしようも無い出来事が彼等を襲ったのなら」

 ――私達は、彼等が私達に救いを求めて来た時にのみ、その『願い』を叶えよう――


 何故に人間に遠慮する必要が有るのか、何故に未熟な存在を私達が作り変えてはいけないのか? 

 何度議論を重ねても、私と遙の考えは平行線のままだった。

 ……遙が何を考えているか理解などしたくもないし、そんな思想には共感すら不可能だ。

 圧倒的な力が在るにも関わらず、自らの(ことわり)に縛られて満足にその力を(ふる)う事も出来ない。

 そんな状況に置かれた自分達に何の価値がある? 

 力を発揮する時の遙ほど、美しく光り輝く存在は在り得ないのに。


「お前もそれで良いね?」

 遙の口から発せられる、形だけの質問。

 如何(いか)なる場合においても彼女が発した言葉は、常に私に服従を求めていた。

 この惑星に降り立って、一体どれ程の年月が過ぎたのか。

 私達二人だけが、この世界に残された最後の存在となっても、過去と変わらぬ主従関係は続いていて。

 もうそろそろこんな他人行儀な関係は終わりにしてしまいたい。

 何もかもが限界に近づきつつ有る状態で、後一体どれくらい自分を律せるだろうかと真面目に思う。


 遙を護るために自が進んで選んだ道に、後悔はしていない。

 けれど、何も知らない遙の無垢な笑顔が、時に酷く汚れた自分を追い詰める。

 愛していると何度遙に告げたところで、特殊な環境下で育った彼女には、愛情そのものが何なのか、理解できない。

 報われない想いを抱え込むには、二人の時間は長すぎて、互いを(へだ)てる距離は近すぎる。

 理想だけで(いろど)られた意見も、理解できない価値観も、本当は全て否定してしまいたい。


(けれどもし、このまま遙の意見に反対を続けて、彼女が私の元を離れようとしたならば?)

 結局その想いが、いつも自分を彼女に従わせる(くさび)となる。

『……貴女がそれを望むなら、私は貴女に従いましょう』




 

「娘よ、お前は悪しき人間だけを始末してくれとは、願わなかった」

 暗にお前の所為だと告げる來の言葉に、綺菜は口元を覆うと、小さく呻き声を上げた。

 そんな綺菜の様子に、來は満足そうな微笑を浮かべると、更に言葉を続けた。

「一つ断っておくが、本当はお前達の存在など、どうでも良かったのだよ」

 榮からイエンの報告を受けた時、私は即座に腐りきったこの村を滅ぼす事を決めた。

 けれど私だけの意志でこの世界に関与する事は、遙の宣誓が有る以上、出来ない。

 だから憎しみで充たされたお前を見つけたとき、私はその『願い』を叶える事にしたのだ。


「どうしてだか解るか?」

「イエンが……正しくなかったから?」

「フフッ。そんな事はどうでも良い。私にはイエンが善でも悪でも関係ない」

「?」

「イエンを滅ぼす理由なんて、本当はどうでも良かった」

 ただ、誰かが破滅を『願い』さえしてくれれば、それで良かった。

「お前達の存在そのものが遙を悩ましているから、ただ排除したかっただけの事だ」

「私達の存在自体が……遙を?」

「私はね、我慢出来ないのだよ。私以外の誰かが遙を傷つける事に。この地に(おろ)かなイエンが存在し続ける限り、

遙は過去の自分の行いを責めるだろう」


 そして遙は何処かでまた、独りでひっそりと泣くのだろう。

 甘やかすばかりで何の『力』も持たない馬鹿な人間共は、そんな遙を慰めるしか、手は持たない。

 遙を悩ます根源そのものを、私のように力ずくで断つ事も叶うまい。

 私が遙を悩ます憂いの全てを断つ事が出来たなら、彼女は私を見て、喜んでくれるだろうか。

 私をあの地から追放した事を悔い改め、自分の元へ戻ってくれと、懇願するだろうか。




 決裂した遠い過去。

 食糧の無いこの惑星で、彼女を護るために、同胞さえ迷わずに、この手にかけた。

 遙の生存率を高める為に、この地に降りて最初に行った事故に見せかけた同族殺し。

 遙を護りたい、ただそれだけの一心で、私は何の躊躇(ちゅうちょ)する事も無く次々と同胞に手をかけた。

 相次ぐ彼等の死に彼女は大層胸を痛めたが、事の真相には最後まで気付かないままだった。

 遙には(いや)な面を極力見せずに済むように、表立った行動は例えほんの小さな事まで、全て自分が執り行った。

 結果的に自分の自由を縛られた形になった遙は遙なりで、居心地が悪かったのだろう。

 私達は些細(ささい)な事をきっかけにしては、直ぐに言い争うようになっていた。


 そんな中、最大の食糧問題も無事解決し、やっと落ち着けると思えた頃。

 餌として選んだ媒体が悪かったのか、奴等の扱いを巡って私達の関係は更に悪化の一途を辿った。

 必要以上に餌に関心を持つ遙を、あの時点で何故もっと、遠ざけておかなかったのだろう。

 少しずつ変わり始めた遙に対する私の心配を他所に、奴等人間共は何故か一様に彼女を慕い、益々彼女を好ましくない方向へと、

変化させていった。

 元々摂取する為だけに引き取った『力』を受け継いだ人間達。

 餌でしかない奴等の命には(こだ)るのに、自分の命には執着しない遙を、どうやったら生かせておけるだろうか。

 奴等の生を見守りながら、日々弱っていく遙を(かたわら)で見続ける状態が正常と言うならば、私には最早耐える事は出来ない。

 奴等の生死に干渉するのが禁忌(きんき)だとしても、遙を生かす為なら、私には何の抵抗も無い。


 それでも遙の意に沿うように、他の食糧を開発する研究を日夜続けはしたが、依然として実験は思う様な成果を生み出せずにいた。

 そして遙の眩いばかりの黄金の髪が、食糧不足の為に痩せて色褪(いろあ)せ始めた時、葛藤の中、ついに私は決めた。


『ならば、私は私が選んだ道を、たった今から行きましょう』

 ――これ以上、奴等の死を待ってはいられない。遙の他には何も要らない――


 私は遙に気付かれないよう秘密裏に事を実行し、陰で奴等を繰り返し、処理し続けた。

 遙には新しい食糧が(ようや)く開発出来たと嘘を告げ、彼女の(もろ)い精神を守る事も忘れなかった。

 ……結果的に遙を(だま)す事にはなるが、加工さえ施してしまえばきっと彼女は気付かない。

 私が差し出した物なら、例えどんな物でも遙は疑う事なく受け取り摂取してくれるだろうから。

 それもこれも、遙を愛していたからだ。自分がどう思われようと構わなかった。

 例え遙が嫌がる事でも他に方法がないなら、自分には実行するしか道はなくて。


 何も知ろうとせず隣で微笑んでいてくれさえすれば、どんな汚れでも全て私が引き受けて、貴女を無垢なままで、

いさせてあげられた。


 ――それなのに、貴女は私を最後まで拒んだのだ――

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