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成願(27)

「いやぁぁっ!」

 身を乗り出して要の名を叫ぶ綺菜の腰を抱きしめながら、何処かうっとりと來が呟いた。

「見るが良い。永き間に渡り、溜りに溜まったこの水を」

 吹き出した水は一向にその勢いを衰えず、瞬く間に残る家々を、村全体を飲み込んでいく。


「どうしてイエンにこんなに大量の水が有るか聞きたいか?」

 全力で暴れる綺菜を物ともせず、來はまるで世間話をするかのように、言葉を続ける。

「干からびた土地のイエンに何故水が有るのか、お前に特別に教えてあげるとしよう」

「嫌っ!」

 聞きたくないと耳を塞いでも、來の言葉は無理やり綺菜の心を侵略し、來の意思を伝え始めた。


 元々イエンの水脈は、近隣全ての水を(まかな)う役を担っていたのだ。

 イエンにおける水脈の存在は、村同士が互いに協力し合い大きな街へと発展する為の重大な足懸りとなるはずだった。

 だがイエンは己の利益を守る事ばかり考え、合併を持ちかけてきた者を強硬に退け続けた。

 遙に奇跡を貰った村ならば、何をしなくても食べて行ける、愚かな村人達は、そう考えたのだろう。


 水脈の存在を指摘した他の村の意見に耳を傾けず、イエンに立ち入ろう者ならば、容赦なく殺した。

 そればかりか、資源豊かな村の情報が漏れるのを恐れる余り、偶然迷い込んだ『迷い人』さえも、人知れぬよう殺した。

 その結果、本来複数の村で分け合うべき水脈は、その発見すらされずに、イエンの地中深くに、溜り続けたのだ。


「見ろ、何て素晴らしい眺めだ」

 四方を山々に囲まれた擂鉢上(すりばちじょう)のこの地形なら、さぞや良い水瓶となるだろう。

 イエンはたった今から、我が身を以って永遠に近隣に水を施し続ける役割を、担ったのだ。

「イエンよ、己が犯した愚考を、その身で受けるが良い」

 そして遙、お前もだ。愚かなイエンの人間共を、甘やかし続けた結果を知るが良い。

 己の欲望しか持たぬイエンは、お前の気持ちを鑑みる事なく、遂に自らが進んで滅びの道を選択したのだ。


 ……最も此処まで酷い有様になるのは若干、計算違いだったが、有り難いことにイエンのこの姿は、

遙に取ってかなりの衝撃を与えるに違いない。

 遙がイエンのこの様を知った時、どんな顔をするか想像するだけで楽しくて仕方ない。

「クックッ……ハッハッハ!」

 身を(よじ)り大きく笑い出した來から逃れようと、綺菜は恐怖に震える身体で抵抗を試みるが、敵う訳も無く、

至極簡単に尚一層の自由を奪われる結果となった。


「何処へ行く? 良く見るがいい。お前が望んだ結果がこれだ」

「違う!」

「何が違うと言うのだ? お前が願ったとおり、村を壊滅させてやったのに」

 想像を絶する光景が悲鳴すら上げる暇も与えられず、イエンの日常を覆い尽くしていく。

 余りの惨い光景に、膝が震えて立っていられない。

「おや?」

「?」

 意外そうな來の声につられて顔を上げた綺菜の耳に、何か(きし)む音が何処かから聞こえる。

 水瓶と化したイエンで、微かに先端を覗かせる大鳥居。

 其処からその不気味な音は発生していた。


 視線を巡らした綺菜の目前で、完全に水中に没していたかに見えた大木は、(もた)れかかった鳥居を起点に絡んだ枝を下にして、

根元からゆっくりと逆に浮き上がり始めた。

 大木自らがたてる音なのか、重さに耐えかねる大鳥居の音なのか、何か軋む音が木霊する中、

巨大な神木は再び徐々に水中から顔を覗かせ、やがて本来地中に有るべきはずの根元を、水上へと(さら)した。


「木が……御神木が……」

「笑止。わざわざ目印を作る手間が省けたか」

 いまやイエンの全ては水の底だ。

 広大な湖と化したこの場所で、かつてのイエンの存在を確認できるのは、辛うじて先端が見える鳥居と、逆さまになった巨木のみ。


「娘、お前の願い、確かに叶えたぞ」

「貴方は何て酷いことを!」

 綺菜の怒りがまるで理解できない風情で、來は首を傾げると、不思議そうに問いかける。

「娘よ、願いは全て叶えてやったのに、一体何が不満なのだ?」

 変わり果てたイエンの状態を直視したくないのに。

 顔を背けようにも來の指に顎をしっかり捉えられていて、眼を逸らすことすら、綺菜には出来ない。


「貴方は……貴方はイエン全てを滅ぼした。でも村人全員が悪かった訳ではないわ!」

 涙が自然と流れて留まらない。要や、その仲間たち。私の友達も、生活も全て水の中に消えてしまった。

「優しい人達も居たのよ! それを貴方は!」

 まるで虫けらを踏み潰すように、何の呵責も感じずに。

 この男は躊躇(ためら)いさえ見せずに、イエンを一瞬の内に滅ぼした。

「ほう……。面白い事を言うな。ならばお前は私に『何を』願った?」

「それは」

「良く聞くがよい娘よ。私はただお前の願いを叶えただけ」

 元来私はお前達人間が望まない限り、この世界に関与する事すら出来ない存在なのだから。



「何故なら、遠い昔に遙と私は、二人の間で誓約を交したのだ。降り立ったこの醜い世界に、

俺達独自の意見に基づいた解釈を加えてはいけないと」

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