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慨嘆(23)

(いや)ぁ! 妹を連れて行かないで!」

 やっと六歳になったばかりの妹はある日、不意にその身を拘束された。

 巫女選びをする迄も無く、ただ反抗的な俺達の一家に眼をつけたのだろう、抵抗する間も無くあっと言う間の出来事だった。


 ――――幼い妹の命を救うには時間が必要だった。

 遙から貰った俺の『力』は不老不死の他に、人の本質を見抜く力だ。

 必要なら他人の心を読むことも出来る他、使い方次第では相手に一次的な軽い暗示を与える事も出来る。

 俺と姉は泣き続ける妹を何とか宥め、唄わせて時間を稼ぐ手段に出た。


 夜になって警備が手薄になれば、見張り役に暗示をかけて妹を救い出す算段だった。

 が妹は一向に唄おうとせず、その為に警備が手薄になることはとうとう最後まで無かった。

 俺達が幾ら努力しても、普段自分達が否と教えている出来事を急に妹に説いた処でうまく説得出来る訳も無く、

哀れな妹は三日後に喉を切られて『犠牲』となった。

 その場で貢物(みつぎもの)となった妹は、飢えを感じなかっただけ、まだマシなのかも知れない。

 (ほこら)から運び出された小さな亡骸を前に、両親と前回の巫女の関係者は慰めるように俺達にそう呟いた。

 余りの恐怖からか強く握りしめた妹の掌は硬直し、両親がどんなに努力しても開けることは出来なかった。

 喉に血の(にじ)んだ包帯を何重にも巻かれ、開いた瞳には涙が溜まったままの妹を見たとき、

隣に(たたず)む姉の心の中でそれまで築いて来た全てが、まるで砂山のようにあっけなく崩れていく瞬間が、

俺には視えた。

 恐らく自分が泣いている事にも気づかないまま、長い間、姉はその場に立ち尽くしていた。


  

 

 ――姉は、綺菜はあの日を境にすっかり変わってしまった。

 綺菜は人前ではどんなに辛くても決して泣かなくなった。そして二度と心から笑う事も、無くなった。

 表面上俺達家族には、以前と変わらぬ様に接していたが『奇跡』を願う村人に対しては殊更口を閉ざした。

 何を聞かれても答えず、まるでその場に誰も居ないかの様にさえ振舞う綺菜の態度は、

『奇跡』を願う村人達の間で、いつしか最も()むべき対象となった。

「私は妹を殺した村人も、妹を見捨てた神様(はるか)も許さない」

 そう心の中で呟き続ける綺菜に、

俺は何と声をかければ良かったのだろう――――



 

「要、綺菜を見なかったかい?」

「え?」

 不安定な状態の綺菜の姿が、プツリと見えなくなった日以降、俺たちは必死で綺菜の行方を捜した。

 毎日毎日、足が棒になる迄捜し続け、泥のように眠った俺たち一家を襲ったのは、顔を奇妙な文様を描いた布で覆い、

土足で踏み入った複数の村人達だった。

「要っ! 逃げろ!」

 俺だけでも逃がそうとする父と、無抵抗な母に、躊躇(ためら)いも無く刃を向けた村人達。

 ――――全てが悪夢の始まりだった。


 俺は村の中心部を目指し、遥か昔のあの日と同じように身内を助けたい一心で、暗闇の中、懸命に駆け続ける。

 村人の心に視えた御神木(ごしんぼく)。その深い、下にある(ほこら)を目指して。


 何度も執拗な追っ手を撒き、思った以上に時間を取られた末、(ようや)く辿り着いた目的地は、暗く沈んだ闇の中、

入り口だけが薄っすらと光を灯して、その存在を俺に教えていた。

 綺菜の澄んだ唄声が大木の幹を伝わり、枝へと伸び、やがて空へ密やかに消えていく。

「……良かった」

 唄声を通して取り敢えず綺菜の生存を確認できた俺は、安堵する。

 綺菜の現在(いま)までの態度からして、

素直に村人の言う事を聞き入れ、唄う筈もない。

 だから最悪の場合、既に綺菜も妹と同様に喉を切られ、『犠牲』になっているかもと、俺は考えていた。


「取り敢えず、唄う気にはなってくれたのか」

 (かたく)なだった綺菜が、どうして唄う気になったのか、俺は知らない。

 けれど綺菜が生きて唄い続ける以上、助ける機会は必ず有る。

「綺菜、必ず救い出すから」

 直ぐにでも助け出したいが、恐らく警戒されているのだろう。

 祠の周囲には通常よりも見張りが多く、行動を起こすのも(まま)ならない。

 入り口の開け方が解らない俺は、見張り役が一人になるまで機会を待つしかなかった。




 ――――御神木の枝に潜んで、何日経っただろう。

 流石に疲れて居眠りをしてしまった俺は、辺り一面を覆い尽くす、異様なまでの禍禍(まがまが)しい気配に目が覚めた。

「?」

 いつの間にか見張りが一人も居ない。

 そればかりか先刻まで確かに有った太陽の温もりすら感じられず、昼間だと言うのに、辺りは徐々に闇に

(おか)されつつあった。

「これは……一体?」

 風の匂いも、草木の囁きも。鳥の鳴き声すら聞こえない、不意に訪れた漆黒の闇夜。

 全身に怖気を感じながら身を乗り出すと、あんなに硬く締まっていた祠への扉が、内側から微かに開き始めている様子が

(うかが)えた。

「綺菜っ?」

 俺が叫んで飛び降りるのと、その強大な一枚岩が、天高く軽々弾け飛んだのは、(ほとん)ど同時だった。


「ぐっ!」

 避けきれぬ岩の塊が、俺の身体を在らぬ方向へと運び、容赦なく地面に叩きつけた。

 直撃を受けた箇所の余りの痛みに、言葉はおろか、悲鳴を発する事すら出来ない。

 朦朧(もうろう)とする意識を何とか(ふる)い立たせ、今や完全に地下からその姿を現した祠を見つめた。

 巫女以外何人たりとも入室を許されない、厳粛(げんしゅく)な祈りの場である祠から、憔悴しきった綺菜と、

次いで見知らぬ若い男が悠然と出てくる。

 俺が吹き飛ばされ落下した位置は、偶然彼等の死角だったのだろう。

 俺の存在に気付く事も無く、若い男は綺菜を抱き寄せ、耳元に何事かを語りかけていた。


 場違いな迄に綺菜に微笑みかける男の長い銀髪は、辺りの瘴気(しょうき)(あお)られて、それ自身が生き物の様に

不気味に揺れ(うごめ)いていた。

 その男が(まと)う明らかに異質な気に、どうしてか綺菜が不審がる様子もなく、まるで陶酔しているかのように

熱心に男を見つめ、囁きあっている。

「……綺菜、駄目、だ」

 綺菜をその男から引き離したいのに、受けた衝撃が大きすぎて、流石の俺でも、直ぐにその場から起き上がることが

出来ない。

 ……俺はこの男の正体を、多分知っている。

 遙と同様に完璧なまでに整った容貌と、何より人に在らざる本質は、間違えようがない。

(駄目だ、綺菜。遙に逢った俺には解る。その男は!)

 精一杯伸ばした俺の届かぬ手の先で、ゆっくりと男の両の掌が綺菜の頬を挟み、口づけたように見えた。

 刹那、周囲の全ての闇が凝縮した。


『『―――― 決して許さない! ―――― 』』


 綺菜と明らかに異なる二つの声。

 共鳴した強い思念は巫女である綺菜の『力』を増幅させ、彼女の周りに集まった不吉な暗闇は、瞬く間に村全体を

飲み込んで行く。


 ズッ! ズズズッ!!


「?」

 倒れた地面から何か、不吉な音が聞こえる。

 やがて微かな音は大きなうねりとなり、文字通り大地全体を狂ったように震わせ始めた。

 至る場所で急激に大地が裂け、硬い地面がぐにゃりと飴の様に、易々(やすやす)と捻じ曲がる。

 その場から立ち上がろうにも、次々と起こる余りの激しい揺れに身体の重心が取れない。

 突然の事態に為す術も無く、俺の身体は小石のように左右に転がり続けた。


(なんとか立ち上がらないと)

 激しく揺れる視界の中、摩擦の所為で結び目が(ほころ)び、緩く(たわ)んだ注連縄(しめなわ)が、眼に映る。

(あれに上手く掴まれたら)

 揺れに弄ばれる身体が、神木の真横を通過する瞬間、限界まで伸ばした手で、注連縄を掴みとる。

「くっ!」

 腕に多少の衝撃は有ったものの、無事縄を掴み取る事に成功した俺は、そのまま大木に(すが)って立ち上がると、

見失った綺菜の姿を、必死で捜し求めた。


「綺菜! どこだ?」

 いまやイエン全体に走る大地の亀裂は、その全ての箇所で不気味な正体を現し始めていた。

 早くこの場を離れないと、大変な事が起こる。焦る俺は綺菜の名を叫び、捜し続けた。

 見渡した大地に綺菜の姿は見当たらず、絶望的に見上げた空に、捜し求める姿は、在った。

「綺菜!」


 綺菜と恐ろしい『力』を持つ男は、いつの間にかその身を空中へと移し、狂ったように(おど)る大地を静かに見下ろしていた。

 そこだけが奇妙に静寂に包まれた中で、男に(うなが)された綺菜がゆるりと顔を上げた。

 艶然(えんぜん)とした微笑を浮かべながらも、その空虚な綺菜の態度に、俺の嫌な予感が頂点に達する。

「駄目だ、綺菜!」

 地表から叫ぶ俺の声は、大地が起こす断続的な悲鳴に掻き消され、彼等の耳に届きもしなかった。


 ――――そして綺菜は、巫女として最初で最後の『願い』を口にした。


「この村と ――かに永遠の苦しみを」

『その願い確かに叶えよう』

「綺菜っー!」

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