転生(21)
「先刻告げたように、お前の妹の命をもう助ける事は叶わない。けれどこれから先、他の巫女を助ける事が
出来るとしたら……助けたいか?」
「他の巫女を助ける?」
「本来なら私が解決すべき問題だか、この身体では色々と制限が付いてね。……それに人の世界は、
人の手で正さねばならない。お前は私に手を貸してくれるかい?」
遙の問に俺の返事は即答だった。
あんなに哀しい想いをこれから先、また誰かが味わなければならないなんて、残酷すぎる。
負の連鎖は、誰かが何処かで断ち切らないと、駄目だ。
「……有難う」
強く言い切った俺に対して、遙が何故かほんの少し、悲しげに微笑んで。
思わず呼吸が止まるかと思うくらい、綺麗な微笑が間近で見れた俺は、どこか少し安心していた。
その余りに厳しい立場上、遙は笑う事が出来ないのかと、心配していたから。
「良いか、これから私が言う事を、良くお聞き」
お互いに暫く沈黙が続いた後、不意に遙は表情を引き締めると、口調を改めた。
「間も無くお前の人としての命は、尽きる」
あんなに酷い怪我をしたのだ。本来ならばお前の命は、とうに潰えていただろう。
現在はただ、
私の『力』でこの世にお前の魂を繋ぎ止めているに、過ぎない。
けれど私がこの地を去ると同時に『力』の影響も消え、その時点で人としてのお前の生は、終わってしまうだろう。
「だがお前が私を助けるように、私もお前を助けよう。お前に新たなる生を授けよう」
『死』と言うイメージが、俺の中では漠然としたイメージしかなくて、今一つ実感が沸かなかったけれど、
遙の言葉に改めて気付いた事実。
「そうか本来なら、俺はここで死んでいた筈、だったんだ」
思わず口を付いて漏れた俺の言葉に、遙は一瞬何とも言えない表情を見せたが、止まることなく
そのまま再び言葉を紡ぎ始めた。
「……但し、新たな生を授かった時点で、お前は人間では無くなる」
「人間では、無くなる?」
「姿形は今と変わらぬが、これから先、人とは生きる時間が異なる」
「助かる分、寿命が短くなるとか、そう言う事なのか?」
「いいや。逆だ。これからお前の命の灯火は未来永劫、尽きる事無く廻り続ける。お前は、お前たち人間が私に請う、
不老不死に近い状態に、その存在を変えるのだよ」
遙が口にした意味を、落ち着いて深く考えてみる。
「それは親や、兄弟達がこの世から居なくなっても、俺は……俺だけが、この世で生き続けると言う事?」
「そうだ。お前の魂魄は人の理を外れ、私に帰属する事になる。お前が私に再び出逢い、
自らがその死を私に請うまで、お前の魂が滅びる事はない」
「……」
「この先例えどんなに辛い事が起きても、お前は自分の意思では決して死ぬ事が出来ない。
時には辛い事実や孤独と向き合って、それでも誰に頼ることなく、たった独りで現世を
生きていかなければならない場合も、有るだろう」
「たった独りで?」
「ああ。……それでも私を助けてくれるかい?」
俺は今まで自分には直接関係が無いからと、災厄が降りかかる今日この瞬間まで、不都合な出来事に、
眼を瞑ってきた。
『奇跡』は何と引換えか、巫女は何故定期的に選ばれるのか、薄々気付いていたのに、本当は真実を認める事が怖かった。
村人と同じ様に『奇跡』に頼って生きている自分が確かに居る事を、直視することすら出来なかった。
自分は何も知らないからと、詳細は解らない事にして、いつも何かしらの理由を付けて。
……俺はずっとこの出来事から、本当は逃げていたんだ。
きっと結衣が巫女様に選ばれなければ、俺は一生、解らないフリをし続けたのだろう。
「俺に出来るのなら」
もし逃げる事を今日で最後に出来るのなら。そしてこんなに哀しい想いを金輪際、誰にも味わせずに済むのなら。
「もう誰も悲しい想いをしないで済むように」
そして貴女がこれ以上、イエンの間違った解釈で胸を痛める事が無いように出来るのなら。
――――遙と直に向き合っている俺に、不思議と理解できた事。
それは生贄を捧げているのは村独自の判断で、この人が望んだ事では無いと言う事実。
「俺は、俺で出来る事をしたいと思う」
「……後悔はしないか?」
悲しげな物言いに僅かながら、遙の本音が透けて見える。
人間としての理を曲げる事を、孤独のうちに生きる事を強いてしまう事を。
そして自らの『力』を俺に与えて良いものか、迷っている。
本当は喉から手が出るほど俺に助けて欲しいのに、心の奥底でまだ躊躇している遙の様子が、
意地っ張りな結衣の姿と重なった。
「後悔ならいつでもする」
予想外の答えだったのか、驚く遙に俺は笑顔で続けた。
「だって俺は人間だから。所詮どの道を選んでも最善の結果が得られなければ、結局は後悔すると思うんだ」
けれど、其れを乗り越える強さも人間は併せ持っているから。だから生きて行ける。
「……人間とは、強い、な」
私達の想像が及ばないくらい、時として人間は貪欲なまでに強く逞しい。
そう呟くと遙は大きく息を吸い込んだ。
「眼を閉じて……」
言われたまま素直に眼を閉じると、驚く程冷たい指先が額に軽く触れた。
―――随分、冷たい手だと言葉に出そうとして、遙にそっと遮られる。
視界まで遮られ不安な俺に、まるでアビが大丈夫だよ、と言うかのように脇腹にピタリと寄り添って、励ましてくれた。
やがて静寂が支配する暗闇の中、唄うように遙は言葉を紡ぎ始める。
「村人の記憶から、今日のお前に関わる記憶は、全て消える。これより先、
お前は永劫に歳を取る事はないだろう。お前の妹は姉になり、やがて母になり、祖母となる。
弟ならばやがて兄になり、父になり、祖父となるだろう」
「すべての記憶は、周囲の人間がそれ相応の歳になった時点で、自動的に書き換えられる。
後に生まれた子孫は、やがて遠い先祖となろう。だが決して混乱するな。周囲に流される事なく、お前を保て」
朗々と流れる独特のリズムに意識が薄れ、俺の身体が自然と、前後左右に揺れ始める。
今や遙の喋っている言葉の意味すら理解出来ないほど、意識が混濁している。このままでは倒れるな、
と薄ぼんやりした意識の底で考えたが最早、自由は効かなくて。
遙の掌がゆっくりと眉間に触れ、次いで強く押し付けられた瞬間、そこから爆発的に眩い閃光が辺り一面に走る。
網膜に焼き尽くほどの光の洪水と、その耐え難い熱さに、俺の意識は急速に白い世界へと沈んでいった。