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そして生まれる『もの』-07(183)

「なぁ遙、生きてる仲間を喰らうと言ったところで、まさかその相手を殺す訳じゃねぇだろ?」

「そうだね……摂取量にもよるが、大概は静養で回復する程度に意識しているし、本格的に喰らうのは、お前達が死を迎えた後だ」

 襲い来る飢えに身を焦がしても、食すために仲間を殺めた事は決して無いと、誓えるだろう。 だが今回の赤子のように、遙を生かす為に來が手を下した場合は、どうなのか。

 自らの掌を汚していないとは言え、それは結局、遙が彼らを殺めたのと同じ事なのでは――?

 遠慮のない率直な皓の問いに淡々と応じながら、行き着いた暗い答えに、遙の瞳が(わず)かな憂いを帯びる。


「だったら問題ないだろうが。俺達は自分が望んだ道を貫き、ここにいる。大事なのは現在(いま)であって、最期(しまい)じゃねぇぞ」

「だよね。好きなだけ傍に居て、何もかもに厭きるほど、生きて。迎えた最期の瞬間に遙ちゃんと一つになれる。それのどこが問題なのか、皓と同じで、俺には全然解らないんだけど」

 例えば生きたいと必死で願う人の生を、神が己の延命の為だけに一方的に奪うとすれば、それは赦される行為ではない。

 しかし間近に死を迎えた者に対してのみ行われる遙の行為が、果たして同じ罪に問われるか否かは、判断が分かれるところだろう。

 横目で交わした視線から、少なくとも二人は同じ意見だと悟って、皓が締めくくる。

「ああ。いつ訪れるかも解らねぇ遠い先の事で、遙がそこまで悩む必要がどこにある?」

「ではその最期が明日であったとしたら、皓お前はどうすると言う? お前達がどこまで知っているかは不明だが、私が食べた赤子は一日足りとも生きられはしなかったのだよ」

「それはだな……」

「望めば願いを叶えると誓っておきながら、赤子が上げた最期の悲鳴も、絶望の末に救いを願った両親の声も、私は何一つとして聞き取る事が出来なかった。私の眷族として生まれたばかりに、この赤子は――」

「――生命(いのち)に永遠なんて、絶対にないんだよ、遙ちゃん」

 恭にしては珍しく厳しい口調で遙の言葉を遮ると、眉をしかめた皓にゆっくりと頷いてから、先を続けた。

「眷属でも、人でも。始まりがあるものには、必ず終わりがあるよね? 仮にその子が眷属として生まれなかった場合、この世界に誕生する事は出来たのかな」


 実りの色を失くした大地に、朝露すら含まない乾いた空気。 彗の視線越しに二人が見た村は貧しく、長引く飢饉(ききん)の爪痕が容易に(うかが)い知れた。

 新たな生命を育む余力は、痩せた田畑の状態からして、恐らく無きに等しかったはずだ。

「俺はね、村全体が困窮の中に有っても、その子だけが守られた理由は、誕生前から『神の御子』としての価値を期待されたからじゃないか、って思うんだ」

「ああ! あの神の御子を授かった村は、地上での繁栄を約束される、ってやつか」

 気候が及ぼす荒廃とは無縁の、始終穏やかな村に育った皓ですら、一度は噂を耳にした事があるのだろう。

 はっきりとした明言を避けた恭とは違い、皓は憶測を大胆に言葉へと代え、遙に向き直る。

「ならどっち側に生まれたにしろ、赤子は助からなかったって事だな」

「うん、そう思う。けど……遙ちゃんだって本当は、全部解ってるんだよね? ただどうあっても助けられなかった生命だって事を、遙ちゃん自身が解りたくないだけ、だよね」

 決して責めはしない、けれど核心を衝く恭の言葉から逃れるように、遙は僅かに身をよじると、壁際に細い身体を預け、色を失くした顔を上げた。

「だが私は赤子の両親ですら」

 助けられなかった、と震える唇が告げるべき想いを、再び恭がやんわりと横合いから遮る。

「忘れたの、遙ちゃん。全ての願いを叶える事は絶対に出来ない」

 いまこの瞬間にも、天上へと途切れる事無く届けられる無数の『祈り』。 いくら遙でも、数多の『願い』全てを聞き分ける事は不可能だ。

 眷族が絡んだ問題とはいえ、避け切れない事柄にまで責任を感じていては、遙の精神が先に参るだろう。

「俺は……俺達は、沢山の仲間を失ってもまだ、奇蹟を願う者の為に生きる遙ちゃんの孤独を、少しでも解りたい。やり切れない想いも、吐き出したい悔しさも。頼むから、たった独りで抱えて欲しくないんだ」

「恭……」

「そうだ。人知を超えた存在に、すがる奴は星の数より多いが、遙独りに掴める願いなんぞ限られてて、当然だろうが。いいか? 遙の掌は俺達と同じで、二本しかねぇんだぞ」



 的外れな、けれど至極真面目な顔の皓に。 溺れるほど優しい、けれど強い志を持った恭の言葉に。 改めて気付かされた立場が酷く苦しくて、遙は振り絞るように内心を吐き出した。

「本当に、私は何と恵まれた立場にいるのだろうね」

「?」

 ごく小さな声で呟かれた言葉を拾い損ねて、問い返そうとした二人の声は、わななく唇を上げ、必死で刻んだ遙の笑顔を前に、宙に消えた。

「――くそっ! こんな時まで無理して笑うんじゃねぇ!」

「!」


 荒々しい言葉より先に、伸ばされた皓の腕の行方を読んで、恭の胸が痛む。 同じ位置にいるにも関わらず、決断力に乏しい性格が、出遅れる原因なのか。

 どんなに慰めの言葉を駆使しても、華奢な身体を躊躇(ためら)いも無く抱き寄せる皓の行動力に、全てが一瞬で奪われる。

 望めば触れられるほど近い距離なのに、あっさりと他の男の胸に(さら)われた現実を突きつけられて、恭は湧き上がる苦い想いと共に、二人からそっと視線を外した。


「他の奴が遙をどう見ているかは知らねぇ。けどな俺達からすれば、遙は奇蹟を叶える神である前に、ただの一人の人間だ。そんな風に作った笑顔が見たい訳でも、立派な神様を演じて欲しい訳でも無い」

「駄目だ。離せ皓、私は――」

「私は強いから大丈夫とでも言う気か? ……あのな遙、泣きたいときは泣け、っていったい誰が教えた?」

 抵抗を続ける遙の耳元に、僅かに甘い蜜を含ませて。 黒い髪を撫でる不器用な手付きに、やがて細い肩が揺れたのは、当然の結果なのだろう。

 漏れ聞こえるくぐもった嗚咽に気付かないふりを装って、皓は遙を抱えた腕に力を込めた。

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