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そして生まれる『もの』-07(182)

「皓……」

 触れられた驚きに眼を(みは)る顔をそっと上げさせ、遙と視線を絡めた皓が、ゆっくりと呟く。

「俺達は確かに何も知らねぇ。俺達が何を聞いても、仲間の誰もが遙の事を必要以上に話そうとしない」

「だろうね。基本的に卵達は私が嫌がることはしない……いやきっと出来はしないのだろう」

「そんな言い方って、遙ちゃん」

「本当の事だよ恭。彼らの感情は、全て來によって事前に埋め込まれた擬似的なものに過ぎない。あらかじめ付与された思慕は、彼らの自由意志を奪い、契約の完了をもって、完全に私へと縛り付ける。……だから彼らは、私が嫌がることや、不快に思う事は出来ない」

 至近距離で相対する皓から逃れるように、横から口を挟んだ恭に視線を送ると、遙は苦い言葉を口にする。

「じゃあ遙ちゃんは、斎や彗が……仲間の皆が、誰よりも遙ちゃんを大切に想う気持ち自体が作り物だと、そう、考えてるの?」

「いいや恭。考えている訳ではなく、真実を言ったまでだ。そして私は、偽りの感情に支配される彼らを解放もせずに、ずっと傍に置いてきた」

 積み重なる時間が生み出す過度の接触が、結果として、卵の精神に救いがたい闇を生じさせる事が解っていてもなお、遙は彼らを手放せない。

 (しつ)けが生み出す虚偽の優しさに甘え、闇に呑まれかけた魂の記憶を書き換えて。 遙は孤独の中で、ただ彼らの執拗な束縛を繰り返し続けてきた。

「……馬鹿だね、遙ちゃん」

「?」

「だって自分の中で芽生えた感情より、他人が告げた言葉を信じる遙ちゃんって、かなりの馬鹿だと思うよ?」

「俺も同感だ。第一人の感情なんて、そうそう簡単に動くもんじゃねぇぞ」

 恭の後を追うように、他人の感情を強制的に操作する事は無理だと告げた皓に、遙は力なく首を振る事で、否定の意を表した。


 不可能な領域など存在しない、神の能力(ちから)

 人間の(もろ)い精神構造を煽動(せんどう)するのは容易く、遙達にそのつもりが有れば、完全な支配さえ可能なのだ。

 けれど。 ぽつん、と零された二人の言葉に、張り詰めた精神が揺れるのを感じて、遙は強く拳を握り締める。

 彼らが知りたがっている真実を伏せたまま、向けられた優しさに逃げてはいけない。

『導く者』に甘える場所は必要ないと、遙は胸中に生じた動揺を、小さな息に紛れて吐き出した。


「いいや違う……現に私は、彼らが私に逆らえない事を知っていて、その気持ちを利用している」

「利用……だと?」

 (いぶか)しげに返された皓の言葉に、一つ頷いて。 再び下がる視線と引換に浮かぶ、自嘲の笑み。

「ああ、『利用』だ。いいかい? 私は自分の生命を繋ぐ為だけに、彼らを犠牲にしてきたんだ」

 喰う者と喰われる者。 抗い難い(さが)に捕らわれ、支配する側はいつも従順な眷属の身体に爪を立てる。

「私はね、卵や逸れを筆頭に、私と契約を結んだ全ての人間を喰らう。生きていく為に止むを得ない節理だとは言え、仲間であるお前達を、私は『摂取』するのだ」




「俺を喰え」

 あの日眼の前で流された(あか)に、餓えた身体は浅ましくも膝をついた。

 胸を覆った嫌悪は瞬く間に陶酔にすりかわり、甘い匂いに震えた喉は、歓喜の声を上げて、あっさりと彼の血を受け入れた。

 欲望の命ずるまま存分に貪り、気だるい快楽の中で(つむ)いだ吐息は、どれだけ理由を(つら)ねても、決して遙を(ゆる)さない。



「飢えに支配され、時には生きている仲間を喰らい、……そうやって永い時間を、私は生きてきたのだよ」

「遙ちゃん……」

「今回の件もそうだ。貢物など……赤子の命など要らないと言っておきながら、その実、与えられた赤子の『生命』を喰らい、私は生きる」

 縛された魂を解放する為には仕方がなかったと、血を吐く魂が訴える真の理由は伏せて。 二人に語る最大の忌み事は酷く重く、遙の胸を塞ぐ。

「……いまさらだが例外はない。皓、恭。お前達も同じだ。傍に居る限り、いずれその身は私に喰われる」

 永劫にも近い年月が生み出した申し子は、当然だが皓と恭だけではない。

 歴代の申し子達にそうしてきたように、本来なら契約を結んだ直後に、遙は二人に事実を告げるべきだったのだ。

 だが(はぐ)れという稀有(けう)な存在に揺らいだ心が、彼らの持つ優しさに触れたとき、何故か真実を告げる事が遙には出来なかった。

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