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そして生まれる『もの』-01(176)

 さて、どうするか……。 見慣れた斎の凶器を前に、彗はうっそりと眼を(すが)めた。

 数多の蔦や草木が捩れ、重なり合って中心となる核をまず形成し、それを媒体にして、更に無数の蔦が絡まり巨大化した罠。

 遠目には罠が一本の巨木へと成長を遂げたように見えるが、実際は一本に融合したわけではない。

 立ち上がった凶器は先端に行くにつれて同化が解け、表面に巻き付いたずるりとした蔦は、暗い緑色を(まと)い、一つ一つが湿った音をたてながら、触手のような微細な(うごめ)きを続けていた。

 

「……変わらず、蔦にいけ好かない動きをさせてるんだな、斎」

 彗の言葉に呼応するように、蔦は表面を細かく震わせると、新たな触手を生み出し、更なる増殖を開始する。

「良く聞け、皓。動いている触手に巻き上げられたら、文字通り本体に丸呑みされるぞ」

「丸呑みだとっ?」

 本体から(ほど)けて自由に彷徨(さまよ)う触手は、捕獲可能な位置にまで対象者が接近すると、頭上高くから一斉に襲いかかり、四肢を拘束して鎌首の中に投げ入れる仕組みだ。

 彗の言葉を裏付けるように、揺ら揺らと変則的な動きを見せる鎌首の先端は、獲物を捕食する口さながら、ぽかりと隙間を作り、取り込む異物の受け入れ準備を整えていた。

「ああ。蔦で出来た胃袋の中で、じわじわと溶かされるかもな」

「何っ!」

 驚愕に大きく眼を見開いた皓の様子に、思わず彗の喉から「くっ」と言った笑い声が漏れる。

「彗?」

「……お前の単純な脳の作りが、俺は心底羨ましいぞ」

 (こら)えきれず笑った彗の顔と、凶器の先端を交互に眼で追った皓が、不意に声を張り上げた。

「てめぇ騙しやがったな!」

「素直に騙される馬鹿が悪い、としか言いようがないが?」

「……」

 顔面を激しく紅潮させて、声も出せないくらい怒る皓に、彗はしゃあしゃあと言ってのける。

「おかげで要らん緊張が解けただろうが。少しは感謝しろ」

 (あざけ)られた悔しさの余り、軽い地団駄をその場で踏んでいた皓が、彗の言葉に弾かれたように顔を上げた。

 不躾なまでに交わる強い視線の先、揺れる(スミレ)の瞳に虚偽はなく、ただ真摯な色だけが覗いて、皓の反抗心を根底から奪う。

「彗……」

「溶けはしないが、丸呑みにされるのは本当だ。一度内部に取り込まれると、俺達三人の力を併せても、救出は非常に難しい。本体だけでなく、触手の動きにも気を付けろ」

「解った。だが具体的にどうすれば、ここから抜け出せるんだ?」

「――そうだな」

 一見勝機のなさそうな状況だが、罠が単体にまとまった分、逆に闘い易くなったといえるだろう。

 事実罠が一箇所へと集結したおかげで、彗が佇む周囲の地面には、先ほどまで大量に蔓延(はびこ)っていた蔦の姿は見られない。

 これは即ち、足元を気にする事無く、皓の側まで動ける事を暗に示していた。

「巨大化させたのは失敗だったな、斎」

 胸中の囁きを小さく声に出して、彗は不敵に笑う。 母体が太く重くなった分、単体時と比べ素早い動きは出来ない。

 皓と彗。二人の俊敏な動きを、その巨体で同時に阻止する事は、不可能だろう。

「で、罠から抜け出す具体的な方法だが」

「おうっ!」

 必要以上に期待を込めた、皓と恭の熱い視線から僅かに眼を逸らして、彗はぼそりと吐き棄てた。

「さっきと同じだ、皓」

「――はあっ?!」

 見事に重なった二人の返答に、彗はこめかみをピクリと動かしてから、どこか投げ遣りに言葉を続ける。

「仕方ないだろうが! 斎の罠は無敵だ。俺達に勝ち目はない以上、逃げ切るしかない」

「それは、確かにそうなんだろうけどさぁー」

 呆れたように力なく返す恭の言葉を遠くで聞きながら、皓は無意識に強く拳を握り締めていた。

 矜持(きょうじ)の高い彗らしくもない態度だが、それだけ斎の力が突出して強いと言う事なのだろう。

 自身が高い能力を保持しているにも関わらず、斎の術には敵わないと諸手(もろて)を上げて言い切った彗に、透けて見える互いの力量差。

 ただでさえ無謀な抵抗に、感じた僅かな絶望は、自然と皓の視線を地面へと向けさせた。


「……」

「皓、黙るのはいいが、下を向く癖は絶対につけるなよ」

「あぁ?」

 こんな時に何を……と怪訝な表情を浮かべた皓に、こんな場合だからこそだ、と彗は静かに告げた。

 困難な物事に直面した時に、(うつむ)く癖をつけていると、共に立ち向かう仲間の顔が見えない。

 仲間が何を感じ、何を思っているのか。 読み取れない感情は、時として下す判断すら鈍らせる。

「特に護りたい相手が遙なら、決して目は逸らすな」

 少しの迷いや戸惑い。

 弱い心がほんの僅かにでも伝わると、遙は必ず仲間を守ろうとする。

 それが例えどんなに酷い状況下に遭ったとしても、眼を離した一瞬の隙に、間違いなく遙は我が身の犠牲すら(いと)わずに、全力で動き出すだろう。

 遙だけではなく――護りたい者に護られる苦痛を、嫌というほど経験してきた彗だからこそ言える、言葉。

「見せかけでも構わない。だが男なら、護りたい者の前ではいつも強気でいろ」

「……解ったよ」

「何より信頼を寄せる仲間に余計な心配を与えない為にも、顔だけは常に上げて、前を見ろ。特にこれから先、お前が立つ位置には必要な事だ」

「彗?」

 不意に繰り出された、真面目で重い言葉が伝えたい真実は、恐らく離れた場所に有る。

 含みを帯びた言葉に隠された、(まこと)の意味を問おうとして気付く、頬に刻まれた、見慣れた嫌味な笑い。

「それにな、下ばかり向いてたら、いざって時に涙が止まらなくなるぞ?」

「……俺は簡単には泣かねぇ」

「はっ! どうだか」

 いつもの攻撃的な嘲笑をさらりと受け流して、皓は視線を上げて真っ直ぐに彗の顔を捉えると、深く頷いた。 ――いまさらながらに気付く、彗なりの心遣い。


「――彗、恭」

 心の底に、知らず溜まった澱んだ息を大きく吐き出して。 改めて眼を向けた、行く手を遮る巨大な障害物。 立ち向かう有効な手段はないが、挑む前に諦めたくはない。

 戦っているのは一人だけではないと、強く胸に刻んで。 毅然と上げた顔に、恥じない態度を。

「大丈夫だ。誰が相手だろうが、俺達は絶っ対負けねぇ」

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