表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/184

新たな流れ-08(175)

「畜生っ! ここまでか!」

 後少しの距離なのに、どうしてここから一歩も動く事が出来ない! 圧倒的な斎の力を前に、遙から与えられた力の意味はあるのか。

 力の限り握りしめた拳と、ぎりりと噛み締める奥歯の音に混じって、聞こえる恭の声――

「皓っ避けて!」

「恭?」

 叫び声とほとんど時を同じくして、一斉に放たれた矢は皓の身体をすり抜け、吸い込まれるように巨木と化した蔦へ向かう。

 休む間も無く降り注ぐ大量の矢は、だがどれも中心を射抜くまでには至らず、巨大な蔦を僅かに解く程度に終わった。

「なんでっっ! 俺の攻撃が効かない?」

 廊下の天井すれすれまで立ち上がった凶器の中に、呑み込まれる矢はたちどころに形を失い、傷一つ付ける事なく消滅してしまう。

 恭が放った渾身の波状攻撃に対し、蔦は馬鹿にしたようにぶるりと枝一つを震わせて、罠を操る者の格の違いを見せつけた。


「どんなに優れた申し子であろうと、卵には絶対に勝てはしない」 いつか講義で説いた、斎の言葉。

 誇示するかのように立ち塞がる強大な力に、目の当たりにして初めて思い知る、歴然とした力の違い。

「これが……これが斎と俺達の力の差だって言うのか……」

 誕生する前から神に祝福されし生粋の神子と、ただの人間(ひと)で在った身の違いは、こんなにも大きな隔たりが有るものなのか。

 相変わらず皓の眼には何も見えはしない。 けれど感じる、先程とは比べようがない大きな力。

 一点へと凝結された力が明確な意思を持って、哀れな生贄が罠にかかる瞬間を待ち侘びている――そんな疑似的な感覚が皓を襲って、迂闊に動けない。

 事実成長した蔦は目の前にいる皓を直ちに襲う事もせず、鎌首をもたげ、まるで襲う相手を選別するかのように、ゆっくりと左右に揺れているだけだった。

『くっ……どうすればいい?』

 立ち塞がる凶器が攻撃をしかけて来ないのは、こちらの動きを誘う罠か、それとも――?

 判断がつかず緊迫と苛立ちが深まる中、皓がたまらずその場から動こうとした瞬間、彗が鋭い警告を発した。

「駄目だ動くな皓! 捕らえられたら最後だ、斎の蔦は絶対に切れない!」

「彗?!」

「いいか二人ともよく聞け。斎の得物は動くものは何であれ、必ず絡め取る。無闇に動くと最悪の場合、拘束の際に生命に関わる深手を負う可能性が有る」

「なら俺はどうすればいい!」

 恭の力はおろか、彗の力さえ通じない、屋敷で髄一の強さを誇る斎の真の実力。

 明らかな力の差に、けれど打てる手立ては何もないと、このまま諦めたくはない。

「無理だ皓、この場合は諦めて斎に従うしか方法はない」

「そんなっ!」

「お前達の気持ちも解るが、ただの謹慎処分ならいずれ自由の身になる。それまで我慢しろ!」

 本来は脱走防止用の罠に過ぎない為、部屋へと戻ると宣言さえすれば、凶器は元の姿に戻るよう設定されている筈だ。

 仕掛けた理由に納得いかない点は多いが、皓や恭が怪我をしてまで遙の下へ行く必要はない。

 仲間が傷付く事を誰も望んではいない、と怒鳴る彗に反して、皓の口から零れた言葉は驚くほど静かだった。

「俺達の自由はどうでもいい。……斎の真意も知った事じゃねぇ」

 動かない凶器の気配を捉えたまま、正面の彗を見据え、どこか宣言のような調子で、皓が呟く。

「俺達は遙が助けを呼ぶ以上、どこにいても、どんな事をしていても必ず駆けつけると誓った。……だから遙に嘘をつくわけにはいかねぇ」

「! だったら尚更止せ。遙なら大丈夫だ。お前達が考えるほど遙は弱く――」

「いや」

「弱いんだよ、遙ちゃんは」

 皓の声に重なって、並みの聴力では聞こえない距離にいる恭の囁きが、彗の言葉を遮った。

 他人と争うのを嫌い、明確な意思表示をいつも避けていた恭が、臆する事なく見せた強い瞳に、返す言葉は生まれない。


 互いに譲れない想いをかけた無言の睨み合いの果てに、交えた視線を先に逸らしたのは、彗だった。

「ちっ! 馬鹿な弟子どもを持つと手間がかかる」

「彗?」

 いつもの尊大な口調に、ほんの少しの優しさを漂わせながら。 大げさ過ぎる溜息を一つ吐き出してから、彗は壁からのそりと身体を離す。

「先に言っとくが、俺を頼りにするなよ?」

 普段と変わらぬ態度に、嫌味なくらい自信に溢れた笑みを刻みながら、彗が再び顕現させた長剣を構え直す。

 それでも上半身から僅かに遅れた肩の動きに、意図を正確に読み取った皓が眉根を寄せた。

「彗、けどお前肩が――」

「ほぉ皓、お前いったい、いつの間に俺にそんな生意気な口を聞ける身分になったんだ? いいか。弟子は弟子らしく、黙って師匠の言う事を聞け」

 じくじくと未だに血が(にじ)む傷口を衣を裂いた布で固く縛りながら、こんなのは掠り傷だと彗がうそぶく。

「……」

「解ったか。俺の事を心配する暇があるなら、お前は少しでも先に進む事を考えろ」

「ああ」

 廊下に仕掛けられた罠は、周囲の蔦が寄り集まり巨大化した分、その範囲を自ら狭め、縮めている。 後ほんの少しの距離を走れば、どうにか抜け切れる事が出来るだろうと、彗は告げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ