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新たな流れ-07(174)

 ヒュンッ!

 力なく弛緩(しかん)した身体のすぐ脇を、恭が放つ複数の矢が一斉にすり抜ける。

 脇下や腕と腰の間。 背後から身体のあらゆる隙間を縫って、大量に恭の『力』が放たれ、人型を(かたど)りながら皓の眼の前を行き過ぎる。

「いまだ、走って皓!」

 告げられるまでも無く、皓の身体は瞬時に力とは逆方向へ向かって走り出す。 眼に捉える事は適わないが、蠢く蔦は明らかに恭の矢を皓と誤認して、後を追っていた。

「ちっ!」

 全力で廊下を駆け抜けるが、さすがに配された全ての蔦は騙し切れないようで、距離が進むにつれ端端で罠が発動する不穏な気配を感じ取る。

 もはやこれまでかと止まりかけた皓の足を、彗の怒声が導いた。

「皓、右へ避けろ!」

 彗が怒鳴る声に合わせて身体を動かし、紙一重の差で襲い来る蔦を避ける。 かわした横をすかさず恭の新たな矢が飛来し、蔦を在らぬ方向へと誘いだした。

「行って皓、止まらないで!」

 休む事なく放たれる矢に、予想以上にかかる負担を感じて。 振り返ろうとした背中は、しかし当の恭によって遮られた。

「左だ!」

 これで良かったのかと躊躇う暇もなく指示が次々と飛んできて、言われるがまま、皓は全力で走り続ける。

 駆ける速さを落とさない分、罠に一度でも捕まれば、軽い怪我では済まないだろう。

「前へ!」

 ――耳に聞こえるは、正しき方向へ導く彗の声。 身体が感じ取る波動は、真横を通り抜ける恭の力。

 不可思議な現実と虚構の狭間に置かれ、残されたどこか虚ろな意識が捉えるは、見えないが確かに存在する無数の蠢き。

 相次ぐ導きに単純な思考すら覚束(おぼつか)ず、他人から操られる感覚に、皓の精神が深く沈み込んだ。



『なんだ? ……この感じは?』

 視覚が捉える映像と、五感が教える存在の違いに、何かに酔ったような痺れた感覚が、皓の脳内をゆっくりと染めていく。

 置き去りにされた意識に、命令通り機械的に動く身体。

 一定の時間内で繰り返される動作が次第に明瞭な意識を呑み込んで、理由もなく昂揚する精神は現実味を伴わず、浮ついた感情に、理性的な制御は効かない。

 混沌の果てに広がる、魂のずっと奥。 霞がかる存在の、深く秘めた場所から湧き上がる、懐かしささえ伴う『力』の解放――

『ああ、俺は――だったのか』

 固く閉じた瞼の裏に、射した一条の光を捉えて、皓は薄く眼を開ける。 急速に戻る現実に、それまで遠かったはずの彗の声が妙にはっきりと皓の耳朶を打った。



「右前!」

『右前』

「左」

『左』

 規則正しく並べられた廊下のマス目毎に、一ヵ所だけ存在する、蔦が立ち上がらない箇所。 必然か偶然かは不明だが、正方形の限られた空間に必ず設けられた、唯一の逃げ場。

『斜め右後ろ』 

「斜め右、後ろだ!」

 誘導されているのか、いないのか。 無意識に揺れる皓の身体は、いつしか彗の速度を上回り、自然と正しい位置についていた。

『一度止まって、それから次は真横へ』

「駄目だ皓、一度止まれ――」

 塞がれた道に移動できる場所は無いと知って、彗が呼びかける。

 これまでとは違った不自然な動きを起こす罠に注意を向けた瞬間、与えた指示を聞かず、皓が移動を開始した。

「ばっ……!」

 止まれと叫ぶより早く、恭の矢が床を掠めるほど低く流れ、皓を襲うはずの蔦を瞬く間に引き寄せる。

「……」

 矢の行き先を見送り、今更に気付く違和感の正体に、舌打ちしたい気分で彗は眼を向けた。

 予想通り恭の放った矢に翻弄され、一ヶ所だけ空いた空間に、迷いもなく移動している皓の姿。

「皓、お前……」

 ――考えるまでもなく、こんな見え透いた手法に、斎がいつまでも気が付かない筈はない。

 事実黙り込んだ彗の新たな掛け声を待つこともせず、移動を続けている皓を蔦は確実に追っている。 だが――

 前だけを見つめた皓の精悍(せいかん)な眼差しを支配する色は、普段見慣れた漆黒ではなく、鈍い光を放つ薄い灰色の瞳。

 斎が支配する蔦の動きを読み取り、あまつさえ凌駕(りょうが)する皓の『力』の正体を看破した彗が、ぼそりと呟く。

「『先視』か」

 皓が目覚めた能力は、一瞬先の未来を読み取る力と判断して間違いないだろう。 だが容易く突破される仕掛けに、斎の作為的な先導も否めない。

「まさかわざと逃げ場を与える事によって、皓の力を測っているとでも言うつもりか、斎」

 それとも何らかの弊害が生じて、蔦を上手く操れなくなったのか。

 斎が制御しているにしては、模範的な動きしか見せない罠を、皓は巧みにかい潜り前進を続ける。

「皓、あと少しだから気を抜かないでね」

 向けられた背中しか見えない上に、互いの場所にかなりの距離を挟んだ所為だろう。 恭からは皓の状態が良く把握出来なかったに違いない。

 背後から突然かけられた声に、思わず皓の意識が逸れる。

「恭……?」

「ちっ! この馬鹿どもが!」

 集中していた意識の散乱をきっかけに、安定しない『力』は急激に制御を失い、取るべき方向性を見失うと、跡形も残さずその場から消え去っていく。

 同時に唐突な力の解放によろめいた皓の足元から、獲物を手中に収めた蔦が一斉に立ち上がった。

「!」

 ねじれながら周囲の全ての蔦を巻き上げ、巨大な一本の木と紛うほどの成長を続けながら、最強最悪の凶器がゆらりと鎌首をもたげ立ち上がる。

 あまりの気配の巨大さに金縛りに有ったように動く事も出来ず、呆然と立ち尽くすしかない皓に、恭の悲痛な叫びが重なった。

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