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新たな流れ-03(170)

「……斎」

 ――魅入られた孤独な魂は、加速度的に闇よりもなお、暗い場所へと堕ちて行く――

「斎……遙ではお前を救えない。助かりたくば、私の声を聞くが良い」

 眼の前で易々と、遙の唇を奪われた。

 怒りで視界が白く染まった一瞬の隙をついて、魂の奥底へと捩じ込まれた、甘い誘惑。 冷えた(わら)いを刻んだ紫紺の瞳が、いつからか斎の心を捉えて離さない。

「……報われぬ想いを抱え続けるのは、さぞや苦しいだろう?」

 囁くように呟かれ、簡単に見透かされたと知る、愛と言う名の情欲に(まみ)れたこの身体。 うずく痛みはもはやどこにも昇華出来ず、冷えた精神が静かに日常を(むしば)んでいく。

「このままではお前はいずれ闇に呑まれて狂うだろう」

 本来なら斎に聞こえる筈のない、來の言葉。

 他人の意思を容易に操る紫紺の瞳は、斎が宿す遙の印に阻まれて、その責を果たさないからだ。 だが――

「私の下へ来れば良い」

 水面下へと投げ込まれた小さな波紋は、幾度にも及ぶ共振を続け、やがて一つの大きなウネリと化した。

 深く深く、(こだま)のように繰り返される、いっそ優しいとさえ感じる声音に(ほだ)され――誘いの掌に、堕ちていく。

「闇に呑まれたお前は、見境なく仲間を殺す。その掌で守ってきた大切な全てを、愛しい者を、お前自らが壊すつもりか?」

 屋敷から離れれば遙を、闇に呑まれれば仲間全てを。 どちらかを選べと問われれば、失う重さは比較する迄もない――

「遙……」

 來の下へ黙って行けば、何故裏切ったのだと、一瞬でも冷静さを欠いてくれるだろうか? それとも普段と同じ調子で「仕方ないね」と呟くだけなのか。

「……己はどうしたい?」

 理性と感情の狭間で、揺れる想いはいつも同じ。

『どうすべきか』ではなく『どうしたいか』と悩む時点で、既に答えは出ているのだろうと、斎は苦く笑った。

「残る最大の問題は、この立場を誰に任せるかだが」

 來に誘われるか、闇に呑まれるか。 どちらの道を選択しても、皆をまとめる次代の者を、急ぎ選抜する必要が有るだろう。

 戦闘能力に限れば、愛し子でもある彗が文句なく突出しているが、大勢の人間をまとめる立場を、奔放な彼が素直に引き受けるとは、考え難い。

「無理に押し付けたところで、早々に引退しかねないからな」

 飽きた、の一言で全てを簡単に投げ出す事も有り得る彗の性格を、斎は誰よりも良く把握している。

「無謀な選任は避けたいところだが、いずれ彗に役目を押し付けられるなら、最初から若いあの二人に後を任せるのが一番か――?」

 気忙しく踊る指先で、机を軽く叩きながら。 独り思案を続ける中で、チリリと感じる、慣れた刺激。

 手首に巻き付けた小さな蔦が震え、二人が行動を開始した事を主に告げた。

「ようやく動いたか皓……そして恭よ」

 脳裏に強く描きさえすれば、意識を身体から切り離し、望む場所の全貌を知る事が可能な、斎独自の特殊能力。

 普段は滅多に遣う事のない『力』を駆使してまで、どうしても斎が確かめたかった事とは。

「さて、どちらから先に洗礼を受ける?」

 彼らの実力を知る為に。否、彼らの実体を見極める為に。 仕掛けた罠は厳しいが、逃げ道はちゃんと用意した。

「彗、お前は手を出すなよ。これは皓と恭に取って必要な試練なのだから」

 軽く視線を飛ばした先、彗の剣によって切断された何本かの蔦を、手早く修復させながら、斎は呟く。

 皓と恭。彼らが持つ能力の限界を正しく図りたいが、万が一にも深い怪我はさせられない。

「見極めが肝心か……」

 罠を仕掛けた理由が見えず、罵りを堪えて唸る彗の横顔に、ごく僅かな笑いを見せると、斎は更に意識を集中させる為に、眼を閉じた。





 ――魂を身体から解放し、再び見開いた斎の紅い瞳に浮かぶ、より鮮明で身近な映像。 扉に手をかけ、最初に廊下へと足を運んだのは、皓だった。

「いいか? 出るぞ」

 まずは挨拶代わりだと、斎は踏み出した彼の頬をぎりぎり掠めて、狙い通り遅れた髪だけを確実に払い落とす。

 驚愕に彩られ、限界まで見開かれた皓の瞳には、恐らく何も映っていなかったのだろう。

「――っ!」

「どうしたんだよ皓! あれほど注意してって――」

 叫ぶ恭の声に、弾かれたように斎は眼を向ける。 以前にも築いた結界を見破った事から、もしやと疑ってはいたのだが、恭の能力は確かなものらしい。

「……幻惑は一切恭には通じないようだな。加えて人の心を読む力、か」

 恭の力が不安定ながらも目覚める事は、斎には事前に予知出来ていた事だ。

 悟られないようにと鍵かけた記憶を、だが身体に触れるだけで容易く読み取った、恭の『力』。

「なるほど恭の力は、およそ卵が持ち得る範囲の能力ではない」

 上手く隠してはいるが、ふとした瞬間に遙へと注がれる視線の熱さから鑑みても、こちら側の(はぐ)れと断定して間違いないだろう。

「……問題は皓か」

 結界や幻惑には騙されるが、遙の姿に惑わされる事がない彼は、果たして何者なのか。 

「己と同じ特殊な存在の卵か、あるいは逸れは逸れでも遙とは別の……」

 皓に今後の立場を委ねるつもりならば、是が非でもこの点を見極めておく必要がある。

「本当に仲間なら問題ないが、さもなくば、何らかの手を早急に打たねばなるまい」

 皓と來が直に接触した形跡はないから、確かな事は解らない。

 二度に及ぶ來との接近も、彗に(かば)われての接触だから、判定としての役には立たないだろう。

「逸れだから証が刻まれていないのか、あるいは証を刻む必要のない卵なのか」

 遙に一生の忠誠を捧げると、皓はリーダーである斎に固く誓った。

 だがいくら宣誓したところで粛粛(しゅくしゅく)と流れる血脈に、逢えば抗い難いほど意識は惹かれ、その存在を強く渇望するようになる。

 絶望的なまでに相手を欲する精神は、いずれ手酷い裏切りを生み、やがて遙や仲間を深く傷付けてしまう事だろう。

「……卵はどうあっても創造主の魅惑には敵わない」

 性別は何の障害にもならない。距離も時間も、心に強く刻んだ信念さえも、何一つ。

「逢ってしまえば、そこで終わりだぞ……皓」

 罠に身動きが取れなくなった皓を見据えて、斎が果たして真に願う結果はどちらなのか。

 皓が仲間ではない事を祈る反面、良い方向へと変わり始めた遙の気持ちを、傷つけて欲しくも無い。

「いっそ俺と同じならばな……」

 僅かな痛みを訴える、紅い瞳の奥で。 処理しきれない複雑な感情を持て余しながら、斎は恭を呆然ぼうぜんと見つめる皓を注視した。

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