再会(17)
「綺菜」
普段と変わらない様子で忙しく夕餉の準備をしている綺菜の背後から、僕は呼びかける。
「なぁに? 瞭」
……遙を初めて間近に見た人は、老若男女を問わず大概が、その余りの美貌に言葉が続かなくなる。
案の定、綺菜も例外ではなかったようで、振り向いた格好のままで固まり、惚けた様に遙を凝視する。
コホン。僕は軽く咳払いをしてから、綺菜に再度呼びかける。
「綺〜菜っ。綺菜ったら!」
「あっ! ごめんなさい。私たっら。……瞭、そちらの方は?」
そちらの方は? だって。綺菜の聞いた事も無いような言葉遣いに、僕は暫し絶句する。
遙は遙で、僕の名前が偽名で無かった事に絶句し、無言のまま横目で僕を睨みつけた。
「ええっと、紹介するね、僕の家族の遙」
「!」
よりによって、お前は私の名前まで教えたのか! とばかりに眼を剥いた遙に、僕は冷や汗を掻きながら、
強引に気付かないフリを押し通す事に決めた。
「遙、この人が綺菜」
「初めまして」
如才ない遙は最大級の笑顔を以って、穏やかに綺菜と挨拶を交わしている。
その隙に僕は、内心猛烈に腹を立てているに違いない遙から、隠れられる場所は何処に有っただろうか、
と頭をフル回転させて考えていた。
「弟は裏に居ると思うので」
この場を離れる口実を探していた僕は、綺菜に一緒に要を呼びに行くと言いかけたが、その台詞は言葉になる前に、
こちらを鋭く睨む遙の眼で黙殺された。
「では、呼んで参りますわ」
すわ。すわって、綺菜。語尾にハートが付きそうな言葉遣いだよ。……女の子って。
軽やかに身を翻し、出て行った綺菜の姿を、僕は呆然と見送る。
……そう言えば遙の性別は、見る人のイメージに因って、男にも女にもなるんだっけ。
「痛っーてー!」
綺菜の態度に脱力気味だった僕は、思いっ切り耳を強く掴まれて、情けない悲鳴を上げた。
「り・ょ・う・?」
「はいっ?!」
一言ずつ名前を区切るように呼ばれた後、遙は少し屈んで、僕にその綺麗な貌を近づける。
そして大切な話や、怒られる時にいつもするように、お互いの視線をしっかりと絡ませて。
「何故イエンの住人がお前の、そして私の名前を知っているのかな?」
「ええっと、それはその……」
久し振りに間近に見る遙の貌は、怒っていても矢張りとても綺麗で、僕は叱られているにも係わらず、
何だかとても幸せな気分だった。
「瞭? 人の話しをお前は聞いているのか?」
僕のそんな態度に疑問を感じたのか遙が首を傾ける。
此方を見遣る遙の心配そうな表情や、躊躇いながらも、取り敢えず頭を優しく撫でくれる遙の掌が温かくて、
何故だか解らないけれど、不意に僕はまた泣きたくなった。
「瞭、姉ちゃんが迎えに来たって?」
そんな折角の雰囲気を、背後から来た要に跡形もなくぶち壊された僕は、一瞬本気で要に対して殺意を覚えたものの、
何とか踏み止まると笑顔で振り向いた。
「うん、要。遙だよ」
「要?」
「!」
要の名前を聞いて弾かれたように貌を上げた遙の視線と、遙を間近で見ようと、僕等に近付いて来た要の視線が
絡み合った瞬間、見えない『何か』が弾けた。
「遙……?」
「……要、生きていたのか」
大きく見開いた遙の眼に自分の姿が映りこんだ瞬間、要の中に洪水のように記憶が甦った。