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新たな流れ-02(169)

「大丈夫だ、外には誰もいねぇ」

「本当?」

 僅かに開いた扉の隙間から、眼光鋭く皓が、次いで恭が亀のように首を廊下へ覗かせる。

「開けるぞ」

 素早く周囲を見渡して、潜めた声で皓が囁く。

「うん。でも気を付けた方がいいかも」

「?」

「見張りが誰も居ないって事は、代わりになる『何か』が用意されているって事だから」

 お調子者の仮面を脱ぎ捨てて、固い表情を浮かべた恭が忠告を口にする。

 屋敷へ戻ってから極端に口数の少ない恭の態度に、思い当たる原因は一つしかなくて、皓は開きかけた扉を一旦閉めてから問いかけた。

「恭、お前斎と何か有ったのか?」

「うーん? どうしてそう思うの?」

 小首を傾げながらも視線を合わそうとしない恭に、図星だと悟った皓は追い討ちをかける。

「俺の眼は節穴じゃねぇぞ」

「……」

 実際、帰館する直前まで恭におかしな様子はなかった。 態度が急変したのは、斎と彗にそれぞれが別れて運ばれてからだ。

 頭ごなしに謹慎処分を言い終えて、戸口へと向かう斎の背を見送った恭の顔は、普段よりも厳しい表情を宿していたように思える。

「なぁ、何があった?」

「ごめん。俺の力はまだ不安定だから、はっきりしないうちは何も言えないんだ」

「力ってまた何か視えたのか?!」

 身を乗り出すようにして続きを促す皓に、恭は小さな躊躇いを含んで返答を口ごもる。

「うん……けど」

 屋敷へ帰るため皓は彗に、恭は斎に腕を取られ、身体を抱えて空を運ばれた。

 一時的に生じた過度の接触は、まだ制御の効かない恭の『力』を偶発させ、彗の背に阻まれ動く事が出来なかった空白の時間を鮮やかに再現してみせたのだ。 ……が。

『視えた映像をありのままに告げて、もし内容が真実とは違ったら?』

 触れた相手の視点で展開される、過去の出来事。

 読み取った映像に思わず斎の顔を仰ぎ見たが、前だけを見つめていた彼の表情に特に変わった様子は無かったから、記憶を覗き見た事に気付かれてはいないだろう。

「どうした? なんか俺に言えねぇ事でもあるのか?」

「ううん。そうじゃないんだけど」

 目覚めたばかりの不安定な力は、確かな真実を見せるかどうかが解らない。 確証がないまま推測で物事を伝えるわけにはいかないと呟く恭に、

「真実かどうかは、後でゆっくり本人に確かめりゃいいし、話を聞かなきゃ助言もできねぇ」

 かけられた皓の言葉は意外に優しく、一人で背負うべき重荷がふと口を衝いて出てしまう。

「だけど皓。俺はその人しか知らない記憶を、勝手に横から盗み見るんだよ? 皓はそんな俺が嫌だとか思わないの?」

「いや。恭だっていずれ力を制御出来るようになるだろし、出来ねぇ間は読まれても仕方ねぇ。……第一簡単に記憶を読まれる斎が悪い」

 リーダーなんだから全てに用心して当然だと、至極簡単に言い切った皓に、笑いが漏れる。

『本っ当に……皓には敵わない』

 他人の記憶を盗み見るという罪の意識も、皓の手にかかればこんなにも簡単に解けていく。 悩む必要はないと判断して、恭は視えた映像を取り急ぎ皓に伝えた。

「あのね、斎は今回の結果を事前に予知していたんだ。そして遙ちゃんに赤子を食べさせる為に、恐らくわざと遅れて現場に到着したんだと思う」

 読み取った全ての事象を説明し切れず、細かい内容を省いて必要なところだけを、恭が掻い摘んで補足する。

「……遙は」

「遙ちゃんの気持ちは解らない。けどすごく傷ついたと思う」

 視えるのはあくまでも映像だけで、個々の心情まではさすがに読み取れない。

 斎の視線にある遙の顔は普段と同じ表情だったが、恭には何故か声を上げて泣いている姿に感じ取れた。

「本当は多分、その場で泣きたかったんじゃないかな、遙ちゃん」

 皓が聞いた叫びは、追い詰められた遙の精神が上げた悲鳴なのだと告げて、恭は会話を締めくくった。

「そっか……なら早く行ってやらねぇと」

 独りではきっと遙は泣けない。 いつものように唇を噛み締め、ただ感情が通り過ぎるのを待つだけだ。

 出会った頃の作り笑いを再び遙が身に(まと)うことになっては、これまで築き上げた努力が何もかも無駄になってしまう。

「うん。遙ちゃんはいまも独りで、俺達の事を待ってる。だから急ごう、皓」

「ああ」





「いいか? 出るぞ」

 再び廊下へと繋がる扉を開き、用心深く辺りを探ってから、皓が歩を進めようとした矢先、地面を見つめた恭が鋭く叫ぶ。

「動かないで皓! 罠だっ!」

「!?」

 恭の言葉と同時に静止した皓の鼻先を掠めて、床から立ち上がった何かが、遅れた髪の先を切断する。

「――っ!」

 宙に舞う何本かの黒い髪を眼の端で捉えた皓の顔が、瞬時に驚愕の色に染め上げられた。

「どうしたんだよ皓! あれほど注意してって――」

「いや……」

 何故あからさまに異なる地面に、躊躇なく足を踏み入れたのか。

 白く不気味に光る蔦は消えた獲物を探すようにしばらく中空を蠢いた後、ゆっくりと元の場所に収まり、動くのを止めて周囲の木々に紛れた。

 とっさに後ろを振り向いた皓と、合わさった視線の中に、驚愕とは違う僅かな色を見つけて、恭が問いかける。

「皓?」

「……恭、俺には何も見えない」

「えっ?!」

 恭の声に反射的に立ち止まっただけで、何かを発見した訳ではない。

 一体何が我が身を襲ったの皓には把握すら出来ず、噴き出した冷たい汗が全身を伝い落ちる。

「何かが俺を襲ったのは解ったが、俺の眼には何も映っていなかった。……無論いまもだ」

 警戒していなかった訳ではなく、皓の眼には変哲の無い、普段の廊下と同じ風景が見えた。 だからゆっくりと歩を進めたのだ。

 だが耳に届いた恭の叫びに足を止め、感じ取ったのは襲い来る瞬間の気配だけ。

「……」

 見えない罠に一切の動きが取れず、皓は恭を呆然と見つめた。

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