表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/184

おかれた立場と、責任と-03(164)←修正済

「くっそー彗の野郎!」

「何度やっても無理だって、皓。多分彗は何か特別な力を使ったんだと思う」

 いくら皓と恭の身体が子供だからとは言え、二人がかりで押して動かない筈はない。

 先程からどれだけ力を加えても微動だにしない彗の背中は、周りを囲む岩と同じ様な固さで、皓と恭の行動を阻んでいた。

「なら、どうすりゃいい?」

 苛立った感情そのままに、皓が彗の背中を、強く睨み付ける。

「……どうしたの皓?」

 打てる手立てがない以上、彗が意識を取り戻すまで待つしかないのだ。 そんな単純な事が理解出来ない皓ではないだろうと、恭が問いを重ねる。

「皓は何をそんなに焦ってるのかな?」

「……」

 皓から感じる、必要以上の焦燥感。 自由を奪われた悔しさではなく、何か別の理由がありそうで、恭は皓を見つめた。

「皓?」

 諭すような声音に、皓が大きな溜息をつくと、「確信はねぇんだが」と、ぼそりと呟く。

 いつもの態度とは違い、珍しく歯切れの悪い口調に疑問を感じながらも、恭は先を促した。

「うん?」

「声が……遙の声が聞こえた気がした」

 泣きたくなるほど切ない感情とともに、確かに聞こえた、皓の名を呼ぶ小さな声。

 感情の起伏を滅多に見せない遙の、必死で救いを求める叫びに、一瞬で何も考えられなくなった。

「あいつがあんな声を上げるのは、何かよほど辛い事が有ったからに違いねぇ」

 激しく衝き動かされた精神が、早く遙の傍に行ってやらなければと、無性に皓を急き立てる。

 完全に意識を手放した彗からは、何も情報が伝わらない分、外の状況が一切把握出来ない。

 恭に指摘されるほど、露骨に焦っていた自覚が皓にはなかったのだが、思うように動けない状況に苛立つ余り、助けてくれた彗の背に向けて口汚く罵ったのは確かだ。

 彗に感謝をしていない訳ではない。 意識を失ってもなお、皓と恭を守る力を感じるのも、事実だ。

 だが助けを求める遙の声は、血を吐くように切実な救いを皓に求めていた。

『いったい何が有った遙?』

 眷属で随一の強さを誇る斎が遙の護衛に就いている以上、攻撃を受けたとは考え難い。

 従って物理的でない何か、それも傍らの斎に縋れない何か、が遙を襲ったのだろう。

「早く行ってやらねぇと、またあいつは……」


 ――私は強いから、大丈夫なんだよ――

 屋敷に来た当初、繰り返し見た偽りの笑顔と、やんわりと他人を拒絶する遙の言葉。

 ようやく僅かながらにも本当の笑顔を見せるようになった遙を、いまここで失うわけにはいかない――

「ねぇ皓。俺には何も聞こえなかったけど」

 息遣いも荒く胸中を吐露した皓の横で、耳を澄ましたのか一旦言葉を切ってから、恭が続ける。

「皓の言う通り、きっと遙ちゃんは、必死で助けを呼んでいるんだと思う」

 何故、遙の声が皓にだけ聞こえたのか? 皓ですら説明出来ない現象を、疑う事なく信じる恭に、返す言葉を失って。

「ああ……」

 ぎこちなく頷いた皓の横に、するりと恭が立ち並ぶ。

「恭?」

「だったら早く行かなきゃね」

 彗の背中に手をあて呟く恭に、遅れて皓も手をあてる。 とにかくここを脱出しなければ、何も始まらない。

「いい? 押すよ?!」




 何度目の挑戦だったか、無意識に数える事すら諦めかけた頃、不意に彗の岩のような身体が軽々と外から避けられた。

「?!」

「二人ともそこから動くなよ」

 正面から射し込む眩い陽を浴びて、逆光の影が厳しい口調で、皓と恭に慣れた(めい)を下す。

「斎? どうしてここに!」

 見事に重なり合った皓と恭の声を無視して、斎は未だ意識を失った彗の前に膝を付く。

 触れるまでも無く気付く、肩まで腫れた彗の左腕にそっと眼をやって。

「彗の怪我は、來が原因だな?」

 断定に近い言葉で問いを投げ掛けると、怪我の程度を確認する為か、斎は彗の上衣を剥ぎ取り、外気に直に傷痕を(さら)けだした。

 答えを待つまでもなく、彗の容態を慎重に確認する斎に、横合いから皓が口を挟む。

「大丈夫なのか、彗は」

「彗の事より、自分達の身を心配していろ」

 斎の珍しく抑えた声音に、秘めた怒りを感じ取って、皓と恭は互いの顔を見合わせた。

『ちっ……規則違反か』

 誰よりも規則の遵守(じゅんしゅ)を説く斎は、違反者に対して容赦はしない。 謹慎か、懲罰か。

 言い訳の効かないこの状況下では、何らかの(とが)が三人に与えられる事は、間違いないだろう。

「……」

 怪我を負った彗の心配すらさせない斎の強固な態度に、皓と恭は止むなく口を閉ざし、傍らから行動を見守る事に意識を向けた。




 置かれた状況が理解できたのか、大人しく黙り込んだ皓と恭を横目に捉え、斎は彗の唇を押し開くと、遙から託された珠を舌の奥に載せる。

『彗』

 目の当たりにした、想像以上に酷い怪我の状態に、斎の瞳が細く眇められる。

 顎を持ち上げるようにして、強引に喉を通過させると、彗の瞼が微かに震えた。

「……ふっ……」

 はだけた彗の肩が上下し、浅い呼気が何度か繰り返される間に、無惨な傷は端から癒えていき、深く刻まれたはずの痕跡すら残さずに、痕跡すら消し去っていく。

「彗……」

 斎の唇から漏れた意外に優しい響が、彗の意識をゆっくりと浮上させ、覚醒へと導いた。


「! 斎っ?!」

 意識が戻ると同時に、跳ね起きようとした彗の動きを、事前に予想していた斎は片手で押し止める。

「急に動くな、彗。いくらお前でも貧血を起こすぞ」

「あいつらは?!」

 忠告が聞こえていない訳ではないだろうに、まず他人の心配をする彗に、堪らず斎は苦い笑いを浮かべた。

「大丈夫だ。お前が守った雛鳥は、まだ巣穴の中だ」

 斎の物言いに、彗は気忙しく後ろを振り返り、視界に二人の無事な姿を確認すると、安堵の溜息を落とした。

「……良かった。俺が無理に連れ出したばっかりに……」

「……」

 この期に及んでも皓と恭を庇う態度に、斎は厳しい視線を送る事で、暗に無駄な行為だと彗へ告げる。

 だが氷のような斎の視線に敢えて気付かないフリを装って、彗はもっとも気がかりな質問を口にした。

「斎、遙はどうなった?」

「糧となる『力』を摂取する為に、遙は赤子を持ち帰った」

 連れ帰るではなく、持ち帰る――遙同様にその言葉が持つ正確な意味を理解して、彗の視線が一瞬空を彷徨う。

「……そう……か」

 では遙は赤子の救済に、間に合わなかったと言う事だ。

 延命の為とは言え、誰の犠牲も望まない遙。 斎と二人かがりでさえ救えなかった小さな命に、遙が受けた衝撃の大きさは計り知れないだろう。

『なら傍に居た斎も――』

 誰よりも矜持の高い斎の事だから、遙以上に悔しい思いをしているに違いないだろう。

 何か慰める言葉を探そうとして、横目で盗み見た斎から感じ取る違和感に、彗は開いた口を閉ざした。

 ――どこか普段の斎とは、微妙に違う態度。 能面に近い表情は、激情の片鱗すら見せない。

 赤子の件を述べる斎の、異常なまでの冷静さは、どこか不自然ではなかったか? まるでこうなる事を予見していたような――

『まさか……まさか斎、わざと遙に』

「彗、帰るぞ」

 思わず絡めた視線を正面から受け止めて。 斎は表情すら変えずに、彗に手を貸した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ