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明ける空-10(161)

「斎……どうした?」

 來が消えた空を見据えて、何事も無かったように、顔色さえ変えず、遙が静かに問う。

「遙」

「私はお前に、來を攻撃をしろと頼んだかい?」

 仄かに紅い唇を、ぐいっと乱暴に拭う遙の動作に、眼を伏せる事で、斎は意識を切り替える。

 確かに遙の命令を待つまでもなく、攻撃をしたのは事実だ。

 遙を見つめる來の瞳に、浮かぶ狂おしいほどの愛しさ。

 理性を支配する痛みを伴う切ない感情の名を、誰よりも理解出来る立場だからこそ、遙を傷つける行動を取る來が、斎は許せない。

 ――何より遙に回された來の腕が。 迷いもなく唇へと落とされた吐息が、許せなかった。


「遙、俺が間違っていたとでも?」

「いや。ただ來は仲間だ。……ああ見えても、彼は私を傷付けるつもりはないのだよ」

 多分私達が來を理解出来ないだけだろうと、嘆息ついでに落とされた遙の言葉に、斎は強く否定の言葉を唱える。

「それは違う、遙」

 充たされぬ想いは収拾をみせず、いつか理性を失った來は、衝動的に遙を奪って、どこか手の届かぬ場所へ、連れ去るだろう。

 ――光さえ届かぬ闇の底で、貴女さえ傍にいれば、他に何ひとつ要らない――

 覗いた來の深淵。 彼を支配する闇は、狂気と愛情の狭間を漂いながら、常に侵食を続け、止まる事はない。

 互いにせめぎ合い拮抗する感情は、來という存在を酷く異質な者へと創り変えていく。

『貴女を取り巻く全てを守りたい、否、貴女を繋ぎ止める何もかもを、全て破壊したい』

 真に來が望む願いは、果たしてどちらなのか。

 先見をするまでもなく感じる未来は、いつ現実になっても不思議はない。

「そうかい? ねぇ斎、それでも私は、最後の仲間である來を信じている」

 互いを隔てた時間の中で。 彼の思想や行動を理解する事は不可能でも、仲間としての信頼だけは、変わらず抱き続けたい。

「遙、俺は何故まだ遙が來を信じられるかが、解らない」

「斎?」

「理解は出来なくても、來が遙を欲している事ぐらいは知っているだろう?」


 ――身体の関係など要らない。欲しいのはただ貴女の心。

 來が胸中に秘めた叫びを、何度となく斎は読み取った。

 身を切るほど切ない來の想い。 彼を襲う葛藤は日増しに激しく、酷く歪んだ精神が時に理性を凌駕する。

 何も知らない遙を。 否、何も知ろうとしない遙を。 溢れた嗜虐性が、同じ位置まで堕とせとひた叫ぶ。

 ――自由を求める細い手足を手折(たお)り、抵抗をさえずる、唇深くに私を注ぎ込んで。貴女を私で一杯にしてしまいたい――

 來の胸中を占める、猟奇的な衝動。 届かない想いを諦めるには、近すぎる二人の距離が期待させ、夢を抱かせる。


「私は別に構わない。來が私を欲しいなら、いつでもこんな身体などくれてやる」

「遙!」

 睨みつけるような、鋭い斎の視線を受け止めて。 遙は小さく笑う。

「來と身体を重ねる事で、病んだ精神を少しでも救えるのなら、別に行為自体は大した事はない。……ただし、來が心底からそう望んでいれば、の話だよ」

「?」

 不時着した惑星で。 混乱のうちに仲間を失い、未だ船は直らず、還れない。

 頼るべき拠り所のない、漠然とした不安を抱えた日々の繰り返しは、いつしか夢見る希望すら失った。

「多分実際において、來は私が欲しい訳ではない。彼は眼に見えぬ妄執を、唯一の仲間である私に重ねているに過ぎないからだ」

 故郷を。還りたいという想いを。 決して叶わぬ遠い願いを、來は遙を通して見ているだけ――

「その事だが、遙」

 船が航行不能になった状況を、斎は遙から詳しく聞いた訳ではない。

 遠い過去の出来事は、微細な記憶を(たが)える事もあるだろう。

 常に冷静な行動を取る來が、何故危険を冒してまで、燃える船へと乗り込んだ? 動力部や制御室に意図的な破壊の痕跡は無かったのか? 

 想像でしかない。 だが斎には船を完全に壊すために、來が最初に乗り込んだとしか――

「來を疑ってはいけないよ斎。第一過ぎた問題を考えたところで、終わった過去が変わる訳でもない」

 言葉に出すまでもなく、斎の考えが容易に掴めて、遙は淡々と言葉を紡ぐ。

「それに要らぬ疑いは、築いた現在(いま)(おびや)かす要因となりかねないからね」

 寂しげに笑う遙に、疑心暗鬼に揺れる心情を垣間見て。 縋りつくのは、來が最後の仲間だからか。

 遙の求めるものと、來の求めるものが余りに違いすぎて、斎には救いが見えない。


『……遙』

 ふっと斎の脳裏を過ぎる、強い不安。

 読み取った未来は、本当に來だけの感情だったのか。 そう、恐らく(かせ)さえなければ、己だって――

「斎?」

 間近でかけられた遙の声に、突然眩暈に似た浮遊感に襲われて、斎は固く眼を閉じる。

「斎?! どこか怪我をしたのか?」

「……大丈夫だ」

 決して闇に呑まれる訳にはいかない。 揺れる迷いを振り切るように強く、斎は精神を引き締める。

「それより行こう遙、赤子の元へ」

 斎は出来る限り平常を装うと、重い足取りで確約した直近の未来へと、遙を(いざな)った。





 赤子は贄となったと、來は告げた。

 祭壇に奉られる生贄は、原則として祈祷の間は生かされている場合が多い。

 時間がさほど経過していない状態なら、まだ赤子の息は有るはずだが。

 しかし足を向けた祭祀場に生贄の姿はなく、松明すら消された場所で、遙は戸惑いを隠せずにいた。

『この匂い……』

 ――まさか既に殺したのか? 祈祷すら行わず、生贄だけを先に?――

 痕跡を隠す為か。 不自然なまでに清められた内部を、漂う甘い匂いが裏切って。

 餓えた嗅覚が刺激され、ともすれば思考が停止する中、何故そんなに彼らが事を急いたのかが理解出来ず、遙は斎を振り返った。

「赤子はいったいどこにいる?」

「……遙、赤子は村長が自邸へ持ち帰ったようだ」

 連れ帰る、ではなく、持ち帰ったと発言した斎を、遙は黙って見つめた。

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