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明ける空-01(152)

 明け暮れに紛れ、遠く離れた場所から彗は一人辛抱強く村の様子を探り続ける。

 長い時間だけが無意味に過ぎ、朝鳥か鳴き声を上げる寸前、事態はようやく動こうとしていた。

「何か動きが有ったようだぞ」

 全員起きていても仕方がないと、半ば脅しつけるようにして仮眠を取らせた二人に対し、彗は声をかける。

「何っ!」

 いくら強い口調で眠れと告げたところで、実際は深い眠りに落ちていた訳ではないのだろう。

 皓と恭は彗の言葉に即座に反応すると、機敏な動きで身体を起こし、立ち上がる。

「あの家を見ろ」

 近寄った二人が身体に触れるのを待ってから、彗は小さな集落の中に在る一軒の家に、視線を絞り込む。

 彗の『力』を通し共通に見る事が出来る映像は、皓と恭にも慌しい村民の動きを正確に投影してみせた。



 村の中心からやや外れた位置に存在する、軒先に煌々とした灯りを吊り下げた一軒家。

 闇に沈んだ茅葺きの屋根からは、物憂げな白い煙が絶えず息を吐き出し、室内で盛んに火を焚いている様子がはっきりと(うかが)えた。

「なんか随分人が出入りしているね」

 入り口に沢山の灯火が吊ってある為に、出入りする人間の状態が良く見える。

 年老いた複数の女性が何やら大量の荷物を抱えて、民家を出たり入ったりしているようだ。

「湯を運んでいるのか……?」

 女性ばかりが三人がかりで、大きな桶に汲まれた大量の液体を民家に運び入れる。

 表面が波打つ度に湯気が立ち上る様から、液体が温めた水である事は間違いないだろう。

「どうやらあの家らしいな」

 彗の声に微かに緊張が混じる。

「赤ちゃん……生まれるんだ」

 見覚えのある風景に弟妹の誕生時を思い出しのか、どこか優しい声音で、恭が独り言のような囁きを零す。

「みたいだな。あの來とか言う男もそう言ってたし」

 皓の返事に、來が遙へと宣告した不吉な場面が脳裏を過ぎったのか、不意に恭は表情を曇らせた。

「誕生と共にその命は、愚かな同族の手によって奪われる。それだけのこと」

 神が告げる予言は絶対だ。 まして來や遙は予め眷属の寿命を知る事が出来ると聞く。

 遙の食糧問題と、卵の誕生がどんな関わりが有るのか? 

 募る疑問は、來が流した視線をきっかけに氷解した。

 辿る長い道すがら、限られた現状から導き出した解答は、恭自身考えたくもない代物で。



『どうりで遙ちゃん、俺達に言えないはずだ』

 斎も彗も。 卵達が一体どんな気分で、弱っていく遙の傍にいるのかを考えると、胸が痛い。

 過ぎし日「私は卵である彼らに、甘える資格など一つもないのだよ」と眼を伏せて淋しげに語った遙。

 推測に過ぎないが、彼らと遙の微妙な距離感は、恐らくそれが原因なのだろうと恭は判断を下した。

『馬鹿だね、遙ちゃん。俺達の全部はもうとっくに遙ちゃんのものなのに』

 願わくば秘めた想いが届くように、と恭は胸中でそっと遙へ向けて囁く。

 忘れもしない凄烈な記憶の中で、契約を迎えたあの日に、遙は厳かに告げたのだから。

「これからは、お前達の吐き出す息一つすら、全て私の物だ」と。

 純粋な卵と比べて、申し子の『餌』としての価値がどれだけ有るのか、恭には解らない。

 けれどいざとなれば我が身を差し出すことくらい、恭は……そして皓も、何の躊躇いもなく実行するだろう。


 ――だから遙ちゃんが俺達に遠慮することなんて、何もないんだよ。 卵も、俺達も。 願う事はきっと同じ。 屈託のない遙ちゃんの笑顔が見たい、ただそれだけなんだよ――


 見上げた遠く暗い空に、希望の星は(またた)かず、未だ見えぬ遙の姿を探して、恭は一人視線を彷徨わせた。




 一方皓は目前の村から伝わる切迫した状況を見ながら、恭が呟いた「赤ちゃん」の一言が脳裏に住みついて離れずにいた。

 卵とは神と人との間に生まれる奇跡の子供だと、皓は問い詰めた両親から聞かされた。

 ……という事は

「彗、卵はどうして出来る?」

「どう、とは?」

 皓が口にした質問の意味を測りかねて、彗が憮然とした態度で切り返す。

「お前達と同じで、ちゃんと女の腹から生まれるが?」

 荒々しい口調と同時に、皓に向けられた、射竦めるように鋭い眼光。

 特殊な力を発動させている為か、普段の彗の瞳とは違う桁違いの圧迫感が、皓に向って押し寄せる。

 だが威圧的な瞳の奥に、微かに傷付いた光を見付け、皓は大きくかぶりを振った。

「そう言う意味じゃあねぇ。俺が聞きたいのは、遙は子供を作れるのか? って事だ」

 子が生まれると言う事は、遙はやはり男神だったのか? と続けた皓の台詞に、彗と何故か恭までが何とも形容し難い表情を見せた。

「直接遙に聞いた訳ではないが」

 質問した皓のみならず、恭の視線まで強く感じる中、どう答えるべきか彗は迷う。

「遙自身が、彼等人間と何らかの接触をした訳ではない。……第一遙は男神でも、女神でもないしな」

「男神じゃなかったら、何で遙と人間の間に子供が出来るんだ?」

 至極当然の質問。 だが絶対の禁忌として口に出す事さえ(はばか)られる事柄は、卵を含め誰も明確な経緯を知らない。

 遙との血の繋がりを最も恐れる卵達に取っても、一番立ち入らない分野だろう。

「それは――」

 何と説明すべきなのか、と口を噤んだ彗は、無意識に泳がせた眼を突然大きく見開いた。

 眼に映るは、月夜より鮮やかな、銀の髪――

 次の瞬間、彗は有無を言わせぬ動きで皓と恭の手を力任せに引き込むと、素早く己が背後へと(かくま)った。

「すっ?!」

「黙ってろ!」

 彗の厳しい声音に只ならぬ気配を感じて、二人が押し黙る。

「皓と恭を絶対に屋敷から出してはいけないよ?」

――見られたくないからだと、決めつけた。 だが遙が二人を屋敷に残せといった理由を、俺は勘違いしたかも知れない――

 氷のように冷たい微笑みを浮かべながら、ゆっくりと近付く來を前に、彗は全身に力を込めた。


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