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羨望-02(151)

「皓、お前何をそんなに苛立っている?」

「ああ? そんな事はねぇ。彗の気のせいだろう?!」

 先程から不安定な皓の様子を観察していた彗の言葉に、恭が横合いから言葉を重ねる。

「ううん違う。だって俺もそう思ってたんだ。皓さっきからずっと苛立ってるよね?」

 落ち着きなく乱れる皓の『気』は、先程から静まる素振りも見せず、身の内に滞ったままだ。

 否、むしろ時間の経過と共に徐々に深くなる乱れに、彗と恭は、慎重に言葉を選ぶ。

「屋敷を出る前に、もう少し話を詰めておくべきだったかも知れんな」

 皓の気が乱れだしたのは、互いの信頼関係について意見を交わしてからだ。

 時間に制限があった手前、中途半端で議論を終わらせたのが、要因となっているに違いない。

「別に俺は……」

 投げ遣りな態度で彗から視線を逸らした皓を、傍らにいた恭がやんわりと(いさ)める形で、問い質す。

「違うよね? 本当は屋敷を出てからずっと、皓は何かに怒ってる。……それはいったい何に対しての怒りなのかな?」

「……」

 恭の柔らかい物言いの中に、心配してくれている気持ちが確かに伝わって、皓の精神が揺らぐ。

「俺や彗にはどうしても話せない事なのかな?」

 止めとばかりに小さく呟いた恭の言葉に、皓は仕方なく胸中に抱えた鬱積を吐き出した。

「遙にとって俺は、……俺達申し子は必要とされているかどうか、疑問に思っただけだ」

「ふん。やはりそんなところか」

 白けたように鼻を鳴らした彗の挑発にも応じず、皓は淡々と言葉を紡ぐ。

「……遙は俺達には何も話さねぇ」

 本当に手助けが必要な時に限って、遙は物事を独りで解決しようとする傾向が強い。

 日々弱っていく遙を前に、何か一つでも打てる手立てが有るのなら、どんな事をしてでも遙を助けたいと思う考えは間違いなのか?

 独り胸の中で問う答えは一向に解決の兆しを見せず、押し寄せる感情が妙に神経を逆撫でる。


「では逆に皓に聞くが、遙がお前らを信じていないと思った理由はなんだ?」

「何も話さねぇと言う事は、信用すらしてねぇからに決まってるだろ!」

 あらぬ方向を向いたまま荒々しく答えた皓に、彗が大袈裟な溜息をつくと、口を開いた。

「変わらず単純な思考だな、お前は」

 いつもと同じ、どこか人を喰ったような彗の言葉遣い。 だが珍しく響いた声音は優しく、皓は逸らした視線を自然と彗へ返した。

「皓、それに恭。これだけは言っておくが、遙はお前らに理由を明かさない訳ではなく、明かせないだけだ」

「?」

 交えた皓の視線を正面から捉えて、彗の菫色の瞳が微かに優しく眇められる。

「知らぬ事で免れる事が出来る災厄もある。……遙はただ必要以上の事象にお前らを巻き込みたくないだけだ」

「巻き込む、とは?」

 訝しげな表情を宿した皓と恭に、彗は果たして真実を告げるべきかどうか、判断に迷う。

 だが短い逡巡の末、重い口を衝いて洩れた彗の言葉は結局、起こりえた事実でしかなくて。

「來は申し子が気に入らないようでな、過去に何度も來の手によって申し子が惨殺されている」

「!」

 遙と同じ神である來の力は、皓と恭の想像を絶する強大さだ。

 來がほんの僅かな力を使っただだけでも、間違いなく皓や恭の命は一撃で絶たれるだろう。

「そんな! 仲間を殺されて遙ちゃんが何もしなかった筈ないよね?!」

 興奮のあまり半ば断言口調の恭に、彗は深く頷く。

「ああ……だが」



 ――來が手を下したと、確たる証拠は何一つない。 だが一片の痕跡すら残さずに、申し子の存在を消し去る能力の遣い手は、來以外に有り得ないのだよ――

 遠い過去、申し子を立て続けに亡くした遙が、奥歯をきつく噛み締め、苦しそうに呟いた言葉。

「遙は何度も執拗に來を問い質したが、証拠がない以上、來を罰する事までは出来ない」

「ちっ。用意周到な野郎だぜ」

 不快感を隠そうともしない皓を見て、逆に恭は普段の冷静さを取り戻したのだろう。

 本来最初に訊ねるべき内容の質問を、彗に改めてぶつけた。

「ねぇ彗、何故來は申し子がそんなに憎いのかな?」

「そうだ。どうして俺達だけが憎いのか、理由がさっぱり解らねぇ」

 恭や皓が口にした言葉は、偶然あの日の遙と同じ質問で、彗に軽い既視感を覚えさせた。


 ――來がどうしてそこまで申し子が憎むのか、私には理由が解らないのだけれど――

 薄い緑の眼を伏せて、目の前に佇む彗に聞くというよりは、独り言のように小さく言葉を零した遙。

 ――同じ様に私に仕えている卵達には無関心で、何故申し子だけを來は狙うのだろう?――

 遙や申し子達には恐らく思いつきもしない、とても単純な、けれどとても切実な理由。

 來のように実行こそ行わないが、卵で有る者ならば素直に理解出来る感情。 ……それは。

 ――そうだ彗、お前になら理由が解るかい?――

 向けられた真剣な視線に、涙の溜まった碧の瞳に。 もはや曖昧な答えを告げ、その場を立ち去る事が彗には出来なかった。




「さあな、來の考えは俺には解らない」

 過去の追憶を振り切り、目の前に存在する皓と恭を毅然と見据えてから、彗は首を軽く振って否定する。

 (かせ)が何一つ存在しない申し子達。 まして逸れの可能性を(はら)んだ皓と恭に、遙に伝えた内容を親切に教える気など、彗にはない。

「そっか。まぁ相手は神様だし、俺達が理解出来なくても無理ねぇよな」

 わずかに歪んだ彗の表情を何か別の意味に取り違えた様子の皓が、さり気なく、だが彗の言葉に同調し大きく頷く。

「だよね」

「……お前ら」

 何となく慰められた感覚が芽生えなくもないが、彗は黙って二人の勘違いに甘んじる事にすると気の進まぬ話題を打ち切り、前方の村へと再び意識を集中させた。

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