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昇魂(15)

 ……ああ、やっぱり綺菜と遥は似ている。遙も人前では決して泣かない。

 どんなに辛い時でも、無理に微笑んで見せる処が有る。

 遙は強い人だから泣く事なんて無いんだろうなと信じていた頃、偶然通りかかった先で、

僕は泣いている遙を見てしまった。


 たった一人で、まるで全ての物から隠れるようにひっそりと小さく身体を丸めていた遙。

 周囲に自分の気配を悟られないように、戦慄(わなな)く唇を小刻みに震える掌で覆って、

頑なな迄に嗚咽を漏らすまいとする遙の姿が、時を経た現在(いま)でも忘れられない。

 溢れ出る、その涙の余りの多さに僕は、半ば反射的に遙の元へ駆け寄ろうとして、いつの間にか後ろに居た

恭に無言で止められた。

 驚いて抗議をしようにも、僕の口は同時にしっかりと師匠の大きな手で塞がれて、何故師匠達が、

一体いつから気配を殺して此処に居るのかを、訊ねる事すら出来ない。


 無言で睨む事しか出来ない僕を相手に、師匠はこれまで僕が聞いた事も無いような重い声で呟いた。

「見なかった事にしてやれ」

 当時の僕は師匠達のそんな態度が理解出来ずに、遙をこんな風に一人で泣かせて平気だなんて、

意外と師匠と恭は冷たい人だったんだなと、二人共大好きなだけに、凄く残念に思った。


 ……僕なら遙を絶対に一人で泣かせはしないのに。

 だから。遙が遠慮なく僕の傍で泣けるように、早く僕が大人にならなきゃ、駄目なんだ。

 そしていつか、遙が泣かなくて済むように、僕が遙を護ってあげる。

 その場から実力行使で追い出された僕は、悔しいけれどそう想う以外、何も出来なくて。

 弱い自分を、他人に見せない綺菜の姿が、あの日一人で泣いていた遙と重なって、胸が痛い。

 あれから随分年月を経ているのに、僕は相変わらず無力のままで――――





 それぞれの想いから沈み込んだ綺菜と瞭の周りに、一人また一人と、かつての巫女の魂が、

まるで瞭達を慰めるかの様に、集まってくる。

 その中には当然のように綺菜の妹の姿も在った。

『お姉ちゃん、もう誰も憎まないで。あたし達は大丈夫だから』

 ふと、何かの気配を感じて綺菜が辺りを見回すが、勿論妹の姿がその瞳に映る筈も無く、軽く肩を(すく)めるに留まった。

 綺菜の妹は何度か綺菜の周囲を旋回しながら必死で綺菜に話し掛けたが、やはり声は届かず、

とうとう焦れた様にその場から姿を消した。

「……ごめんね、瞭。瞭には何も関係ないのにね」

 少し、冷静さが戻ったのだろう。

 八つ当たりして御免なさいと謝る綺菜に、瞭は咄嗟に返す言葉が、見付からなくて。

 ……そうしてそのまま、(しばら)く二人で黙祷(もくとう)した後、お互いの想いを胸に秘めたまま、

瞭達は帰路につく事になった。





 沈黙が続いて、お互いの足音がやけに耳につく帰り道、頃合を見図って瞭は、

「落し物をしたから先に帰って」と綺菜に告げ、一目散に墓地へとその身を(ひるがえ)す。

 急いで引き返して来た瞭を見つけて、各々散乱していた巫女達の魂が、再び瞭の元へと集まってきた。

 周囲を漂う無数の光が囁くその言葉は、やがて一つの願いとなり、前回と同様に瞭の心に『想い』を伝え始めた。

『お願いです。どうぞ私達を解放して下さい』

『ここから。この呪われた村からの解放を』


 それは彼女達の、心からの願い。

 寂しい、こんなに寂しい所で、その存在さえ認めて貰えずに彷徨い続ける沢山の巫女の魂が、

蛍のように淡く瞭の周りを取り囲む。

 村人を憎む事も出来ず、けれど許すことも出来ず、この土地に縛られて、ただ(なげ)くだけの存在と成り果てた魂。

 死して尚この地に留まり、唄う事を強制された彼女達の魂は、孤独の内に繰り返し奏で続ける辛さから

本来の目的を忘れ、いつしか(よど)みとなり、この村に永遠に晴れない霧を生み出していた。


『おいで。光の在るところへ僕が連れて行ってあげる』

 先ずは傷つき澱んだ、歳若い彼女達の孤独な魂を。

 そして自身の事よりも、傷ついた彼女達を何より心配していた、優しい全ての幼き魂を。

『おいで、君達も一緒に』

 遊んでいるつもりなのだろう、フワフワと当ても無く彷徨う魂に優しく語りかける。

 どれも幼いその魂に、どれ程心が締め付けられだろうか。

 意識を集中し『力』を身体に集めると瞭自身から、淡く柔らかい、青い光がゆるやかに立ち昇る。


 遙に教えられた魂の浄化。

 僕にはまだ君達を転生させて上げられる程の能力は無いけれど、僕のありったけの力を込めて、

せめて君達に安寧の地を与えてあげられる様に。

『お逝き……遙の元へ。僕達に素敵な唄を有難う』

 青い光が辺り一面を穏やかに照らし、やがて空へと垂直に立ち昇ると、巫女達の魂はその光に誘われて

一つになり、一斉に空へと駆け昇っていく。


 その光景はさながら蛍の乱舞の様で――唯、哀しかった。

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