企み-02(149)
遅れています番外編ですが16日夜半に掲載させて頂くことなりました。もし宜しければご覧下さい。
(皓・恭・遙・瞭のキャストでお届けします)
「うーっ! ういー」
鼻から下を彗の二の腕で覆い隠された上、ついでとばかり半ば羽交い絞め状態にされた恭が、抗議の声を上げる。
「……彗、頼むから恭を放してやってくれ」
彗の眼に浮かんだ、恐ろしく楽しげな表情に気付かないふりを装って、皓は疲れたように呟いた。
「ふん、つまらんな」
言葉と同時に、本当につまらなそうな仕草で恭を解放する彗を、皓は眇めた眼で見つめ、胸の内で毒づく。
『……いったい何が楽しくて、こいつは事あるごとに俺達を弄ぶんだ?!』
「げほっ! げっ!」
気管を圧迫されていたのか、自由になった途端、恭はその場でむせるように咳き込むと、涙で胡乱な視線を、彗に向けた。
本来ならば、理不尽な扱いに思い切り罵倒したいところだが、彗を相手に罵ったところで何の効果も得られない事は、
悲しいかな、恭が一番理解している。
「……ぐすっ酷いよ、彗」
「声を出そうとしたお前が悪い」
「……」
他人の部屋に入る場合、許可を得てから入室するのが、一般常識だと恭は思うのだが、彗を含め、遙やこの屋敷の住人に、
それを教えるのは至難の技だろう。
皓に視線で哀訴を求めたが、あっさりと黙殺され、恭は仕方なく大きな嘆息を零すと、皓の隣に移動し、改めて二人は彗と向きあった。
「で、こんな時間にわざわざ部屋まで押し掛けて。いったい俺達に何の恨みが有るんだ?」
若干気落ちした様子の恭に、同情を込めた視線を投げかけてから、皓が彗に問う。
「恨み? 用があるからに決まっているだろうが」
後に続く「変わらず、そんな事も理解出来ないのか。この馬鹿どもは」という彗の台詞を、皓と恭は揃って拳を固く握り締め、
何とか聞き流す方向に注意を向ける。
「……」
そんな二人の様子を楽しそうに観察してから、彗はさらに傲慢な態度で言葉を重ねた。
「お前らがなかなか部屋から出て来ないから、俺がわざわざ迎えに来てやったんだ」
「俺達に部屋に帰れって言ったのは、彗だと思うんだが?」
皓のやや脱力した言葉に、彗は唇の端に高慢な笑みを刻む事で、全ての答えに代えてみせた。
「あっ!」
だが彗の態度に思い当たったのだろう。 突然、恭が弾かれたような声を上げる。
「皓、解ったよ! 早く準備しなきゃ」
「準備?」
未だに状況が把握出来ず、不思議そうな表情を浮かべた皓に、彗がこれ見よがしに長く息を吐いて、顎をしゃくった。
「武器を取れ、皓。遙達より先に出かけるぞ」
「!」
「彗が俺達を先に部屋に返したのは、多分遙ちゃん達の眼を欺くためだと思う」
「何でそんな面倒臭い事を?」
漆黒と静寂が支配する闇の中、半ば飛ぶような速さで前を駆ける彗を、恭と皓は言葉を交わしながら、懸命に追う。
「推測なんだけど、遙ちゃんは今回の件に俺達を関わらせたくはないんだろうなーって」
何を訊ねても頑ななまでに答えようとしなかった遙に、不信感よりも、強い戸惑いを感じたのは確かだ。
「だから彗は一旦俺達を退かした後に、今回の場所を確認してくれたんじゃないかなー」
皓と恭がその場にいる限り、恐らく彗にすら詳細を知る機会は与えられなかったに違いない。
「相変わらずの秘密主義って奴か」
何時間か前、屋敷を抜け出す際に彗が提示した、唯一の条件。
それが何故か無性に神経を逆撫で続けているからか、皓の口調は時間が経った現在も荒い。
「お前達は何を見ても遙を信じられるか?」
外界へと通じる扉を前に、彗から改めて訊ねられた一言が、皓の根底にある何かを揺さぶったのは確かだ。
「当たり前じゃないか! 何をいまさら――」
彗の問いかけに激しく憤る恭の隣で、気付けば喉を衝いて出た静かな言葉。
「違う、彗。俺達を信じていないのは遙の方だ」
誰だって知られたくない事由の一つや二つはある。 仲間だからと言って、事の全てを教えろとは言わない。
だが知るべき必要がある重大な事項まで、偽る理由はどこにあるのだろう。
「皓?」
「俺達は仲間だ。なのに遙について知らないことが多過ぎる」
信頼されていないのは辛いが、原因を知らなければ、事態を打破する事も儘ならない。
「……ならその眼でしかと確認すればいい」
皓の淡々とした意見に見解を述べる訳でもなく、彗はそう言って外界への扉を開けたのだ。
そして幾重にも亘る結界を秘密裏に超え、何時間も過ぎた現在でも、皓達は休む暇もなく、闇夜を走り続ける。
「けど命令違反にはならねぇのか?」
「うーん。厳しい……かなぁ」
お前達の監視にあたるよう命じられたと彗が打ち明けたのは、最後の結界を越えた後の事だった。
大丈夫なのかと訊ねた皓に対し、
「一緒に動くのが一番監視しやすいと、俺が判断したまでだ。第一屋敷内で監視しろとは一言も聞いていないからな」
あくまでも強気な態度を崩す事なく、彗は笑って答えた。
「彗って……本当に強いよね」
「ああ」
何気なく呟いた恭に、皓は素直に頷く。
最初は反発しか感じなかった彗に対して、いつからか芽生え始めた、真逆の感情。
肉体的にも精神的にも強い彗に、時として皓は、酷く憧れる。 目指す高みは、彗のような強さと優しさ。
『いまに見てろ! 俺は必ず彗を超えてやる』
遠い未来に思いを馳せた皓を、だが続けた恭の言葉が、一気に現実へと浮上させた。
「あれで口が悪くなければ、最高なのにねー」
「……」
「わっ?!」
皓が何かを返すより早く、恭が後ろ向きに放った彗の気を浴びて、激しくその場に転倒する。
「無駄口叩く余裕があるなら、速度を上げるぞ、この馬鹿ども!」
「……大丈夫か恭?」
「くーっ。彗ってば相っ変わらず地獄耳だよねー」
『何だかな……』
鼻を押さえて立ち上がる恭に手を貸しながら、皓は一瞬でも彗に憧れた自分を悔やんだ。