表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/184

企み-01(148)

 まるで何事も無かったかのように、いつも通り静寂だけが支配する夜の(とばり)の中で、遙は軽く眼を閉じる。

『明朝、必ずおいでなさい』

 告げられた來の言葉と、不可解な一連の行動。

 人間(ひと)に独自の意思で関与してはならないと、遙は遠い過去において、來に宣誓を求めた。

『なにか酷く嫌な予兆を感じるが……』

 夜明けを待たずして、來に詳細を詰問することも可能だろう。

 來の残した軌跡を順に追えば、來がどこへ移動しようとも、正確な位置は測定出来る。

 消えた來を捕縛する事など、遙には至極容易な動作だ。

 だが來との関係をこれ以上悪化させて、残された最後の仲間でもある彼を、失いたくはない。

『……そう。來は敵ではなく、私のたった一人の同族なのだ』

 ともすれば猜疑心(さいぎしん)に苛まれる精神を、遙は胸中で小さく叱咤する。

『誓いはあの日に立てさせた。ならば來を信じるしかあるまい』

 生温い風が周囲を吹き抜ける中、暗闇の先にある更に深い闇を胸中で見据えて、遙は溜息と共に閉じていた眼を見開いた。




「遙」

 來が去った空間を、厳しい表情で見つめたままの遙に、斎が躊躇いがちに声をかける。

「うん? どうした?」

 けれど一拍おいて振り返った遙の顔は、もう普段通りの表情を宿していて、斎は思わず苦い笑いを頬に刻んだ。

『いつもそうだ。遙は決して誰にも、内心を明かそうとはしない』

 仲間に余計な心配や負担をかけない為の、遙なりの配慮には違いない。

 が、誰も頼ろうとはしない遙の態度は、斎や他の仲間達に一抹の寂寥感(せきりょうかん)を与えるのも、また確かな真実で。

『もう少し、遙が周囲に甘えてくれたなら――』 

 斎だけでなく、仲間達の共通の願いは、しかし悲しいほど遙には届かない。

 現にいまも、斎の頬に浮かんだ苦笑の理由が、遙には解析不能らしく、小首を少し傾げてからゆっくりと口を開いた。

「斎?」

 返事を返さない斎の態度に、何かを感じ取ったのか、遙の瞳が僅かに不安定に揺れる。

 流れる遙の混乱を読み取って、斎は仕方なく言葉を返した。

「遙はいつ移動する?」

「おや? 私が現場へ出向くと、良く解ったね」

「時間の無駄遣いは互いに避けるべきだし、説得は端っから諦めている」

 愛想のない言葉に添えて伝える、確かな信頼関係。

 遙にとって必要な人間は、共に前へ進む仲間で有って、胸を貸す異性ではない。

 痛いほどそれを理解している斎には、遙の行動を傍らから助ける以外、隣に並ぶ術はない。

「……寒くはないが、夜風は身体に良くないな。屋敷へ戻ろう遙」

「解った」

 身体中を取り巻く湿気に不快感を覚えるのは、遙も同様なのだろう。 斎の言葉に素直に頷くと、華奢な身体を反転させた。

「ああそれと斎、明日は早いから時間に遅れてはいけないよ?」

「えっ?!」

 屋敷へと戻る為に踵を返し、歩き出した途中で。 不意に囁かれた遙の言葉に、斎の足が止まる。

「私も無駄な時間は遣いたくない主義でね」

 その場に立ち止まった斎を待つ事もなく、遙は笑いを含んだ声で告げると、扉前で待つ彗に向かって手を上げた。




「で……どうするよ?」

「うーん。どうしよう?」

 就寝を装って、灯りも点けず暗闇の中、皓と恭は顔を突き合わす。

「お前達は部屋に帰れ」と、彗に半ば脅すような口ぶりで命令され、已む無く私室へ戻りはしたが。

「このまま寝ずに様子を見るのが、一番手っ取り早い方法か」

「けどそれじゃ、肝心な時に役に立たないかも知れないよー?」

 至極もっともな恭の意見に、皓の口から短い嘆息が漏れる。

『明朝、遙達に同行するにはどうすれば良いか?』を議題に掲げ、二人は先程から進展の望めない会話を、延々繰り返し続けていた。

 來が口にした遙の食糧とは、果たして何を示すものなのか。 何よりあの瞬間、來が斎に流した視線に、意味は有るのか。

『何で誰も答えねぇ?!』

 募る疑問に、誰も明確な答えを返さない以上、全ての謎を確かめる絶好の機会を、皓達も逃す訳にはいかなくて。

「くそっ! 何か他にいい案ねぇのか、恭」

 途切れがちになった提案を皓は強引に促すが、恭は言葉の代わりに肩を竦めて両手を上げただけだった。


「おいお前ら!」

「!」

 何の前触れもなく、突然入口から室内へと差し込む眩い光と声に、皓と恭が眼を見開く。

「すっ……」

 咄嗟に開いた恭の口を、乱入した彗が即座に逞しい腕で塞ぐと、いつも通り尊大な笑みを頬に刻んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ