貴女を生かす為に……-05(147)
◆お知らせ◆
番外編、おかげさまで今月も書かせて頂く事が出来ました。
携帯からランキングサイトへクリックして頂いた方々、誠に有難うございました!
原稿があがり次第、皆様にお知らせ致しますので、しばらくお待ちください。
ふっと胸中の深い考えに沈み込んだ來に、遙の発した言葉が、突き刺さる。
「要件はそれだけか」
言外に帰れと言う響を強く感じ取ると、來は思わず周囲がはっとするほど、切ない微笑を、端正な顔に浮かべた。
「!」
その胸を衝くような切ない微笑みに、斎がそして恭が、刹那的に來の感情に共鳴する。
――恐らく來の感情に気付かないのは、この場では皓と遙だけだっただろう。
隠されること無く、遙へと告げられる、真っ直ぐな想い。
來が寄せる一途な感情は、それでも眼の前に居る遙に通じる事が、多分永遠に無くて。
哀しいまでの來の想いを、我が身に置き換える事が出来る者は、皆一様に胸が詰まる。
「……遙ちゃんって、きついよね」
「?」
思わず吐いた言葉に、怪訝な表情を浮かべた皓を視界に捉えながら、恭は一人考える。
『遙ちゃんは、余りに他人の感情に疎すぎる』
他人の感情にここまで鈍ければ、ある意味、それは罪に値するほどの愚かさではないか、と恭は思う。
いかに与り知らぬ領域とはいえ、愛という感情が理解出来ない遙は、たえず來や、好意を寄せる人達を傷つけ続けている。
『いっそこの想いを諦めようか』
絶望的な状況の中で、幾度となく恭は考えた事だろう。
けれど他人が見せる愛情を、激しく拒絶する訳でもない遙の態度は、いつも決断を迷わせる。
隣で屈託なく笑う姿や、無防備に甘える素振りを見せる遙に、愛情を理解さえ出来れば、と期待するのも無理はない。
『遙ちゃんだけが、悪い訳ではないんだけどねー』
だが中途半端な遙の行動が、時して相手に淡い希望を抱かせ、いつまでも判然とさせない要因を招いているのは事実だ。
『何か、……報われないよね』
「恭……?」
無意識だろう、來と同様の寂しげな微笑を浮かべた親友を、皓は言葉も無く見つめた。
「來、教えて欲しいのだが、何が原因でその命は潰える? それは確かな事なのか?」
「ああ、その事ならご心配なく」
あくまでも要件以外の会話を成さない遙に、果たしてどこまで言葉は届いているのか、と來は思う。
合理的な考えを持つ來とは違い、生きた餌を頑ななまでに、摂取しようとしない遙。
弱り始めた遙に、すぐにでも食糧を食べさせる為には、まず卵を死なせる必要が有る。
けれど卵の命を來が直に奪えば、干渉を良しとしない遙は、烈火の如く來を責めるだろう。
『ならば直接手を下すのが、私でなければ良いことだ』
貴女の新鮮な食糧を確保する為に、卑しい地上まで降りて、わざわざ手を打ったのだ。
奴等の思考は単純な故、何と容易にこちらの策に陥る事だろう。 ほんの少し感情を揺らすだけで、待ち望む結果は待つ程になく、直ぐに訪れる。
「誕生と共にその命は、愚かな同族の手によって奪われる。それだけのことです」
「何?!」
「いい加減に奴等を庇うのは、お止しなさい、遙」
未発達な奴等の存在に、遙が庇うほどの価値が有るとは、來にはどうしても思えない。
『本来なら、貴女を傷つけたくはない。だが餌となる奴等をあくまでも庇う貴女に、あの獣どもの、真の姿を見せて差し上げましょう』
剣呑な光を宿した遙の眼を、動じることなく真っ向から受け止めて、來は言葉を紡ぐ。
「明日、貴女はただ遠方から、愚かな連中の行動の全てを、静かに見守れば良い」
奴等が起こす行動は、幻想に塗れた遙の眼を覚ますには、充分過ぎる代物に違いない。
『――多分それでも貴女は、奴等の起こした行動の所為で、また心に傷を負うのでしょう?』
いつもと同じ様に、自分に出来る事は無かったのかと、自身を責め、深い悲しみに囚われるのだろう。
『だがそれでも、私は貴女を救いたいだけ――』
「來? お前一体何をした?!」
「! 違う遙、私はただ……」
強い口調に思わず伸ばした指先は、だが遙に触れる事なく、斎の出した剣によって、寸前で阻まれる。
「!」
「斎!?」
「來さま、お引取りを」
來の鋭い視線に臆することなく、遙をその背に護り、斎は正面切って、來と睨み合う。
「斎よ。お前は、たかが卵の分際で、私にそんな口を叩くのか?」
「……お願いをしているだけですが」
若干嘲りを含んだ來の物言いに、しかし乗せられる迄もなく、淡々と斎が言葉を返す。
「帰らなければ、力づくか」
「お望みと有らば」
言葉と共に急激に立ち昇る二人の闘気に、突如周囲の風が巻き上げられ、渦を巻く。
來と斎の闘気は、扉前で待機する彗達の場所にまで一息で到達し、皓と恭は反射的に息を詰めると、緊張を高めた。
「ねぇ皓。……二人共まだ本気じゃないのに、凄く強い気がここまで伝わるよね?」
「ああ」
『いや、正確に言うと彗も入れて三人、か』
皓達をその背に庇う彗からも、斎ほどではないが、緩やかに闘気が立ち昇り始めていた。
「無礼なお前を、遙の卵だと思えばこそ、いままで黙って見逃してきたが」
不愉快そうに眉をしかめた斎に、來は深く視線を絡めると、意識的に言葉を操る。
「そろそろ始末をつけねばなるまいな」
「そう簡単にいくかどうか。……お忘れですか? 來さまの魅縛は、己には通用しません」
斎の碧眼が、逸らす事なく見つめた、紫紺の瞳。
暗褐色から、紫紺へと色を変える來の瞳は、遙同様に、他人の意識を自在に制御できる能力がある。
「?! そうか、お前は眼が――」
「いい加減にしないか!」
來の気が反れた瞬間、それまでどこか成り行きを傍観していた遙が、斎の制止も構わずに、來の前へと進み出た。
「私の敷地内では、如何なる戦闘も許さないと言ったはずだ!」
「……」
滅多に感情を顕にしない遙が、來のみならず、斎までをも睨みつけて、強い口調で二人に問いかける。
「忘れたのか!」
「……いえ」
遙の怒りに燃える紅眼から、最初に眼を逸らしたのは、斎と來、どちらが先だったのだろう。
限界まで立ち昇った闘気は、遙を前に瞬時に失せ、跡形すら残さずに、四方へ霧散する。
互いの完全な戦意逸失を確認すると、遙は幾分和らいだ表情を見せ、來へと更に近付いた。
「來。お前には感謝しているが――」
「明朝、必ずおいでなさい」
微笑みを浮かべながら、それでも遙の言葉を強引に遮って。
來は間近に迫った遙にそう伝えると、再び闇に溶け込むようにして、艶やかな姿を眩ませた。