表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/184

貴女を生かす為に……-03(145)

 扉が開いた訳でもないのに、背後にひらり、と空から人が舞い降りる気配。

 突然の侵入にも関わらず、誰何(すいか)を問う必要はないのだろう。 來は動じる事も無く、実験を続ける。

「來様、例の子供の確保は失敗に終わりました」

 振り返る事もない來の態度に慣れているのか、どこからか忽然と現れた人物は、その場に膝を付くと、簡潔に結果を述べた。

「……逃げられたか?」

 動作する計器類から、片時も眼を離さずに、來は背後に控えた部下へと、言葉を返す。

「ええ。どうやら既に力も制御出来るようですから、捕獲は難しいかと思われます」

「そうか」

 頭を垂れた配下に、片手で下がるよう命じると、來は激務に疲れた目を、軽く閉じた。


『やはり無理だったか』

 歳を取らぬ子供が、生き別れた肉親を探して彷徨っている、との報告がもう何十年も前から、來の下に多数寄せられていた。

 蜂蜜色に輝く柔らかな猫毛と、碧の瞳。

 明らかに卵と想定される子供は、何故か庇護を求める事なく、地上を彷徨い続けている。

『もし遙の卵で有るならば、彼女に気付かれる前に早急に保護して、加工をしてしまうのだが』

 外見的特長は、遙の卵を容易に連想させる子供の姿。 しかし直に確かめて見なければ、どちらの卵かは解らない。

 閉じた闇に想う、遙の姿。 來が気にかけていた綺麗な黄金の髪は色褪せ、肌は病的なまでに白い。


『このままでは、完成を待たずともなく、遙の命は(つい)える』

 大量生産は、後一歩の工程まで既に完了した。 完成までの僅かな時間、何としてでも遙を生かす必要がある。

『何でもいい。何か打てる手立てはなかったか?!』

 焦る來の胸中を掠めた、小さな記憶。

『……そう言えば、確か間もなく遙の卵が手に入る予定だったな』

 初期の実験で奴等に植えつけた対象物は、もうそろそろ、この世に生まれ出でる頃だ。

『遙は生きた餌は決して摂取しようとしない。だが死んだ餌なら、私が摂取を勧めたところで、何の問題もないだろう』

 意外と簡単に解決方法が見つかったものだと、來は薄く微笑み、眼を見開くと、動く機械を止めた。

『奴等と触れ合うのは気が進まぬが、遙の為だ。仕方あるまい』

 重い溜息と共に、緩慢な動作で白衣を脱ぎ捨て、手直に有った外套を羽織ると、來は研究室を後にした。





 のらりくらりと、追求を避ける遙を捉まえるのは難しい。

「何としても遙ちゃんから聞きだそうよ!」

 眼を輝かして力説した恭と誓ったものの、皓も、そして恭も、逃げる遙を中々問い詰められずにいた。

「遙の野郎、徹底してやがる」

 食堂に来るなり、荒げた口調で皓が恭にそう告げる。

「うん? また遙ちゃんに逃げられでもしたの?」

 のんきな口調で返す恭を、八つ当たり半分で睨みつけ、皓は勢い良く隣に腰を下ろした。

 皓の苛立つ感情を表すかのように、かけた椅子の背が、ギシリと耳障りな音をたてて、(しな)る。

「……いや、逃げはしてねぇ。けど聞き出せなかった」

 問い質しているつもりが、いつの間にか、遙の巧みな誘導によって話題を逸らされ、結局は煙に撒かれた。

「そっか。遙ちゃん、話題をすり替える事にかけては、天才だからねー」

 詳しい事情を聞くまでも無く、ある程度の状況が、恭には推測できたのだろう。

 皓の鋭い眼光に(ひる)む事なく、机に頬杖をついたまま、普段と変わらぬ笑顔でそう呟いた。

「……」

「焦っても駄目だからね、皓」

 視線を外し、むっつりと黙り込んだ皓に対し、見透かしたような恭の言葉が、かけられる。

「けどよ」

「こればっかりは仕方ないから、ね?」

 無意味に月日だけが経過し、これといった是正案もない。

 相変わらず遙の顔色は悪く、斎に簡単だと告げられた治療方法さえ、皆目見当がつかない。

「……」

 再び黙り込んで、意味無く流した視線の先に、通りかがった彗の姿を偶然発見した皓は、名を叫んだ。



「彗!」

 かなり遠い位置にいたにも関わらず、片眉をピクリと上げた彗が、大袈裟な溜息を零してから、顎をしゃくってみせた。

「……気軽に呼び捨てにするな。俺はこれでもお前達の師匠だ」

 近寄った皓と恭に対し、しっかり釘をさしながら、彗がいつも通り横柄な態度で応じる。

「で? 休憩中の俺に馬鹿者どもが何の用だ?」

「遙の事なんだが――」

「! 黙れ皓!」

「なっ!?」

 喋りかけた皓の言葉を遮り、不意に何かに弾かれたように、彗が視線を在らぬ方向へと、転じる。

 此処ではない、どこか遠い一点を睨みつけるような視線の強さに、(いきどお)りかけた皓の動きが止まった。

「彗? 一体どうした?」

 抑えてはいるが、僅かに立ち昇る彗の戦意を感じて、皓と恭の身体にも、自然と緊張が走る。

「……お前達は此処にいろ」

 何の説明も無く、そう言い捨てて、扉の向こうへと消えた彗を、素直に見送る筈も無く。

「どうする皓?」

「――行くに決まってるだろう」

 互いに深く頷いて、皓と恭は彗の後を追った。



 程なくして後を追う足音に気付いたのだろう。 外へと続く扉に手をかけた彗が、振り向きざま、怒鳴りつける。

「皓、恭! お前達には食堂で待っていろと言わなかったか!」

「彗!」

「ちっ! もう間に合わない。仕方ない、俺よりも前に絶対に出るなよ!?」

 怒鳴りながらも、彗が開けた扉の向こう。

 隙間から最初に見えたものは、背に負っている筈の大剣を手にした斎の姿と、その横に(たたず)む遙の姿だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ