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貴女を生かす為に……-02(144)

 討伐帰りの疲れた身体に、退屈で長い講義時間は、拷問にも等しいと、皓は常々思う。

『けど眠るとさすがに不味いしな』

 過去に一度だけ、疲れからか、講義の最中に皓は意識を手離した事があった。

 手首に伝わる鈍い衝撃と、恭の小さな叫びが耳に聞こえて、霞む眼を無理に開けた瞬間。

 斎の拘束技に絡め取られ、逆手に捻られた己が掌が視界に映って、皓は酷く驚いた覚えがある。

「起きたのか?」

 顔色一つ変えずに呟いた斎に、すかさず恭が、そして皓自身が、謝罪の言葉を急ぎ口にした事は、まだ記憶に新しい。

『斎は怒らすと、何するか解らねぇからな』

 過去の悲惨な経験から、襲い来る眠気と懸命に闘い、何とか勝利を勝ち取った皓が、講義を終えたばかりの斎に、訊ねる。


「なぁ斎。ちょっといいか」

「質問とは珍しいな皓?」

 相変わらず良く似た、けれど遙よりは少しだけ明るい、斎の碧の瞳が、皓を捉え込む。

「遙の体調の事なんだが――」

「皓。その件なら、遙自身から聞くと良い」

 訊ねるべき事由を最後まで言わせずに、斎が強引に皓の言葉を遮ると、口調を強めた。

「遙がお前達に話してはいない事を、俺が教えるわけにはいかない」

「……」

「遙ちゃんの容態って、そんなに俺達に知られると困る状態なの?」

 皓と入れ替わりで、不思議そうに問いかけた恭に、斎は軽く片手を上げて、否定する。

「いや、そうではない。正確に言うと、遙は病気ではないし、治癒自体は簡単な事なのだ」

「? 簡単に出来るなら、なんで早く治さねぇ?」

「それは……遙が拒むからだ」

「遙ちゃんが?」

 いつも理論整然としている斎が、言葉を濁すところを見ると、触れて欲しくない話題なのだろう。

 斎の不自然な態度から、そこに大切な何かが隠されている事を、皓と恭は確かに嗅ぎ取って。


「ねぇ斎。遙ちゃんに直接聞いても大丈夫なのかな?」

「何をだ?」

「遙ちゃんは俺達に何を知られたくないの? って」

 遙が、そして斎が頑なに口を閉ざす、『話したくない』ではなく『知られたくない』何か。


 僅かに眉を(ひそ)めた斎の様子から、恭は自分の意見が肯定された事を確認して、小さく溜息をついた。

「いまさら隠し事なんて必要ないと思うんだけどなー」

「……隠し事と感じたか」

 思わず漏らした恭の言葉が、斎の関心を惹いたのだろうか。 斎が何気に問い返す。

「恭、皓。お前達に訊ねるが、遙と契約を交わす際に、事前に詳しい説明は受けたか?」

「説明、とは?」

 質問の意味が解らない、と言った風情の皓に、斎は言葉を変えて再度質問を繰り返す。

「例えば遙の力の源は何か、と言った説明は受けたか?」

 恭と皓は互いの顔を見合わせた後、斎に向かって殆ど同時に首を左右に振って見せた。

「いや。俺達は遙から何の説明も受けてねぇ」

 元々極端に説明が少ない遙の事だけあって、斎も大した期待はしていなかったのだろう。

「……そうか。ではやはり何も話す訳にはいかない。どうしても聞きたいのならば、お前達が直接遙に訊ねると良い」

「斎」

 これで話は終わりだと口を(つぐ)んだ斎に、食下がる事も出来ず、皓と恭は斎の部屋を後にした。





「遙の力は何で出来ている、か」

 馴染んだ私室に戻り、寝台に腰掛けながら、皓は斎の告げた言葉を声に出して、反芻(はんすう)する。

「よく考えたら俺達、本当の事は何一つ知らないのかもしれないよね?」

 眼の前の床に座った恭の言葉に、無言で頷き返しながら、確かにそうかもしれんな、と皓は胸中で考える。

 騙す、とかそう言う類ではないのは、不思議と理解出来るのだが。

 契約の事も、遙の事も。

 一度疑問に感じると、何もかもが曖昧で、全てが不透明に思えてしまうのは何故だろう。

「ねぇ皓。そもそも俺達は、何と引換に、遙ちゃんと契約を結んだのかな?」

「何が?」


 唐突に繰り出された恭の言葉の意味を、正確に図り損ねて、皓が問い返す。

「契約したんだよ、遙ちゃんと俺達って」

 恭は自分の掌に『力』を集中させ、小さな焔を発生させると、皓にその焔を見せるように、持ち上げた。

「……俺達は力を手に入れた、けど遙ちゃんから何も要求された覚えはないよね?」

 皓は与えられた力を大剣に注ぎ込む方法を。 恭は力を使って、無から具現化した矢を扱う方法を。

「契約と名が付く以上、必ず代償は支払わなければならない筈なのに、俺や皓にはその覚えがない。……だとしたら、遙ちゃんは何を引換にして、俺達に力を授けたのかな」

 力で出来た淡く輝く焔を、恭は軽く手を振って打ち消すと、考え込むように爪を噛む。

「知ってた皓? 忠誠すら誓わされた覚えがないんだよ、俺達って」


 ――あの日「これは契約だよ」と述べながら、遙は皓や恭に対して、何も要求しなかった。

 突然の裏切りを、欠片ほども想定していない。 仲間を信じて当然だから、敢えて確認などしない。

 そんな遙の性格を、皓も恭も、重々解っていたつもりではあったのだが。

「皓、俺何だか酷く嫌な予感がする。遙ちゃんの性格から考えて、俺達に不利な事項があれば、遙ちゃんが黙っている筈はないよね?」

 質問と言うよりは、何処か確信を込めた恭の言葉。 黙っているのはむしろ――

「確かに、言質すら取ろうとしない遙の性格を、俺達は事前にもっと考えるべきだったかも知れんな」

 恭の言葉にそう返しながら、どうやって遙から詳細を聞き出すか、皓は頭を巡らしていた。


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